ブー・ヒュワディーンに質問!

1998年9月14日と15日の2日間にわたりロンドンの某スタジオにいたブーに電話で質問してみました〜。

●最初に買ったレコードは何でしたか?
最初に買ったレコードはイアン・ハンターの最初のソロ・アルバムだな。2枚目に買ったアルバムはビートルズの『サージェント・ペパーズ』。でも最初に買ったのはイアン・ハンターだ。今でもあのアルバムは結構好きなんだよ。

●じゃあイアン・ハンターがあなたのヒーローだったわけですか?
いやいや。全然そうじゃなくて、もう自分が何を買っているのかわからない年ごろだったわけだから・・・誰がヒーローかっていうと・・・わかんないなぁ〜ヒーローはいなかったんじゃないかな。

●ビートルズは?
ビートルズは好きだね・・・うん、ビートルズが僕のヒーローかもしれない。

●ちなみにビートルズのアルバムでは何が一番好きですか?
間違いなく『リボルバー』だね。絶対に。

●今度東京で一緒に演奏する和久井さんも『リボルバー』が好きなんですよ。
それはいいや、じゃあ『リボルバー』からなにか一緒に演奏しよう。

●最初に曲を書いた経験は?
7歳の時、いとことホリディに行った時のことだ。海岸で砂の城を作っていたんだけど、その時のことを歌ったんだよ。彼の方が年上で・・彼も実際プロのソング・ライターになって、フレッシュフォールルっていうバンドにいたんだけど、知っている? ヒット曲もあるんだよ。僕等二人とも結局ソングライターになったわけだ。最初の真面目な曲作りは学校へ行ってからだ。でもこれは全然いい曲じゃない。

●ギターを演奏しはじめたのは?ギターがあなたの最初の楽器だったわけですよね?
そう。ギターを演奏しはじめたのは、遅くて19歳の時にはじめてギターを持った。ギターを持つ前から曲は作っていたんだけどね。これが初めての僕の楽器になるわけだけど、ギターを持つ前は、人に歌って聞かせることで曲を書いていたんだ。今では、ほとんどギターで曲を書く。でもただ頭の中で歌ってそれを楽譜におとしたりすることもあるし・・・だけど大抵ギターだね。

●バイブル結成までのいきさつを教えて下さい。
バイブルを結成するにいたったきっかけは、トニー・シェパードと職場が一緒だったんだよ。トニーは学校を卒業してそのままケンブリッジにとどまり、僕等二人ともケンブリッジのアンディース・レコードで働いていたんだ。彼は当時ジャズ・ドラマーだった。彼に自分のデモを作るから手伝ってくれないか、と誘ったんだ。最初はまったく自分自身のためだったんだけど、そのデモがあまりによかったからグループを作ろう、と思い立った。それでなんと4日間でファーストアルバム『ウォーキング・ザ・ゴースト・バック・ホーム』を作ったんだ。小さな地下のスタジオだったなぁ。古いスタジオだった。それで、それをバックスという小さなレーベルでリリースした。そして僕はレコード屋で働くのをやめたんだ。

●現在のトニー・シェパードは何をしているのですか?
トニーは、ポップ・ミュージックを教える学校で教師をしているよ。オアシスのステージでキーボードを弾いたこともあったし、ジャズドラマーもやってるけど、もうフルタイムでは演奏していない。彼は今でもとても仲の良い友達だよ。昨日も彼と電話で話したんだよ。

●ソングライティングのクレジットは当初あなたとトニーの二人になっていますが・・・。
実際ほとんどの曲は僕が一人で書いて、彼が手伝ってくれる感じだった。バイブル時代の曲は二人の名前が、クレジットされていて・・まぁ彼とソングライティングからの利益をシェアしたかったんだね。セカンドアルバムの『ユリイカ』は、もっとそうだよ。4人のクレジットになっている。まぁ、いろんな意味でフェアにしたかったし。今じゃちょっと後悔しているんだ。もっと大きな家に住めたんじゃないかってね!(笑)

●よく聞かれたけしょうけど、バンド名の由来は?
まぁ覚えやすい名前だっていうことと、人々の注目をひくっていうことが目的でつけた。実際このアイディアは成功したと思うよ。誰かが怒りだすんじゃないか、ってちょっと心配もしてたんだけど、誰にも怒られなかったし、よかったよ。でも実は最初に全国ツアーをしたとき宗教関係の集まりかと思って来た人がいたらしいけどね(笑)。

●ファーストがヒットしてメジャーと契約したわけですが、セカンドアルバム「ユリイカ」について教えて下さい。
ファーストアルバムはたったの4日間で作ったんだけど、メジャーレーベルとサインして、最初のアルバム『ユリイカ』は制作するのに4ケ月かかった。これがメチャクチャだったんだよ。もう音楽を全然わかってない奴と仕事をしてしまったんだ。ただ単に時間の無駄!って感じ。僕達は全然ハッピーじゃなかった。そこで、スティーブ・アールをプロデューサーに迎えてもう一度最初からすべてをやりなおそうということになった。これがうまくいった。アルバムはあっという間にでき上がった。 最終的にでき上がったものには満足しているよ。スティーブ・アールはすごくよいプロデューサーだった。特に僕にとっていい影響を与えてくれたし、いろんな意味で今までやってきたことを変えてくれたっていうか。僕は彼の使っているギターと似たようなものを買って使い出したりして、さ。彼にインスパイアされた部分は大きかったね。彼はアメリカから来てこのレコードをプロデュースしてくれたんだけど、最初会った時、彼はちょうど警察に殴られた後で、すごい痣を目の回りにつくって、真っ赤な目をした怪物みたいな風貌であらわれて、僕等はビクビクだったんだよ。だけど彼はとてもいい人だったよ。実は彼はヘロイン中毒で・・・ドラックとか。だから大変な時期もあったらしいんだ。今はクリーンだけどね。

●スティーブ・アールとはどのようにして出会ったのですか?
彼は僕らの音を聞いて気に入ってくれたんだ。彼の姉妹がレコード会社につとめているかで・・・うーん、でもはっきり覚えていないなぁ。レコーディングは楽しかったよ。でも、どうなのかなぁ、彼は僕等のことを気に入ってくれてたのかな。僕等はおとなしくしてたでしょ。で、彼はすごく騒がしいくらいに元気のいいアメリカ人だったからなぁ。怪物みたいな赤い目の(笑)。

●バイブルはこのアルバムで4人になったわけですよね。
そう。ドラマーのデイヴ・ラーコムは学校が一緒だったんだ。デイヴが入ることによってトニーはキーボードに専念することになった。ギターのニール・マッコールは当時ローリング・ボーイズというバンドにいた。実際彼はバイブルに入る前に、彼の今のところの史上最大のヒットを出してたね。だから彼をそのバンドから盗んじゃったことになる。ニールとは時々今も一緒に演奏しているし、曲も一緒に書いている。彼は元ダニー・ウイルソンのゲイリー・クラークとバンドをつくったりしているよ。今回のエディの新作「エンジェルス&エレクトリシティ」にも参加しているし、ニック・ホーンビィの映画「Fever Pitch」のサントラも一緒にやっている。デイヴもプロのドラマーとしてがんばっているよ。もうあまり一緒に演奏することはないけど。そうそうニールの兄弟のカラムも時々一緒に演奏したりしてたね。

●続いてEPやシングルのカップリング曲などを集めた「ランダム・アクト〜」についてですが、“Graceland”を再び録音しなおしてますよね。
『ランダム・アクト〜』に入っている“Graceland”の新しいヴァージョンは、レコード会社のリクエストさ。僕はただ歌を入れるだけ入れてスタジオを離れてしまったんだ。だからこのヴァージョンは全然好きじゃないんだ。カバーも何曲か入っているが、どれも僕のチョイスだ。トラディショナル・ソングの“Motherless Child”本の中から見つけたんだよ。トラディショナルソングを集めた本をみていて、いいな、と思ったからやってみた。本でしか知らないから、もしかしたら間違って演奏している可能性があるな(笑)。“I'm so lonesome”“Abraham, Martin and John”や“On Broadway”もすべて僕が選んだんだよ。“On Broadway”はバイブルの初期によくステージで演奏していたんだよ。最初のアルバムに収録される予定だったんだけど、あまりひどいんで、はぶいちゃったんだけどね。その他のカヴァーもすべてステージで演奏していた曲だ。このへんの曲は「Honey Be Good」の12インチのカップリングに入ったり、あと「The Bible」っていうEPを出したりしてたから、そのへんから集めた。このアルバムの中の“Eureka”と“Electric Money”は、元ダニー・ウィルソンのゲイリー・クラークがミックスを手伝ってくれたんだよ。彼は結構前からの知り合いで、今はトランジスターっていうバンドをやっている。レコードも出しているよ。

●メジャー時代のバイブルはどうでしたか?
アメリカでアコースティック編成だったけどツアーをしたし、ドイツでは結構うまく行っていてよくツアーで行ったんだよ。僕等のライブはすごくよかったんだ。それで3枚目のアルバムを作ろうと思ったのになぁー。だけどレコード会社は僕等のやることが気に入らなくて・・・彼等は僕等がポップ・グループだと思ってた。だけど違うんだ。そうこうしているうちに僕はダーディン・スミスと『エヴィデンス』というアルバムを作ったりしてね。これはすごく楽しかった。それでそのうち、バンドより自分自身の事をはじめようか・・って思いはじめたんだよね。それでバンドは終わっちゃたんだけど、実はその後またバイブルを再結成したんだ。これが1994年のことだ。1年ぐらいの間ね。それでレコードを作ったんだけど、それは発表にならなかったんだよね。レコーディングはすごく楽しかったんだけど、うまく行かなくなっちゃって・・・。それでまた解散しちゃったんだよ。だからバイブルは2回解散したことになる。(と、かなり寂しそうな声)今考えるとちょっと考えなしだったかなぁとも思うけど・・・

●今後再結成のプランはないのですか?
わからないなぁ・・でもきっとないと思う。でも本当にわからない。時々すごくバンドが懐かしくなるときがあるんだよね。そうそうバイブル時代にプロモーションで日本に行く予定もあったんだよ。実際ビザまでとって手配されてたんだけどね。それがキャンセルされて代わりにアメリカに行ったんだ。なんで日本に行くのがキャンセルされたのか、今ではもう覚えていないけど、ビザは完全に取れていたし、いろんな手配が進んでいたのははっきり覚えているんだよ。でももうその頃はレコード会社とも難しい時期ではあったから、何か問題があったんだろう。彼等はもっと僕等にポップになってほしかったし、それは僕等が目指していた方向と違ったわけだから。

●バイブル時代、ロンドンではタウン&カントリーとかでライブをやっていたんですよね。かなり大きな会場ですが。
そうだよ。いつも2000人くらいは集めてコンサートをやっていたし、結構成功したバンドではあったんだけどなぁ。その頃のビデオも残っているんだよ。でも僕らはアンチ・ポップスターだったんだよ(笑)。

●続いて「イグノランス」。
『イグノランス』は全然時間をかけずに作ったんだよ。今聞くと満足のいかない部分もあるんだけど、入っている曲自体は自分でも気に入っている。実際このアルバムを作るのはすごく楽しかった。でも声の調子があんまりよくなくて・・・実は風邪をひいていたんだよ、だから自分の声が気にいってないところもある。うーん、でも、自分のアルバムというのは聞くたびに印象が変わるから、一概には言えないけどね。このアルバムって日本で発売になったんだよね。ライナー・ノーツを書いたライター(中川五郎氏のことを言っているらしい)に、前回のエディの来日公演の時に会ったよ。日本盤にも3曲のボーナスが入っていたんだよね。

●このアルバムを一緒に制作しているロブ・ピーターズとは今でも一緒にライブをやっていますよね。
彼と最初に会った日のことはよく覚えているよ! ちょうど娘が生まれる前の日だったから。彼は当時僕らのローディをしてくれていて、コンサート会場に車で僕等を運んでいってくれたんだよ。だから彼の事は自分の娘より1日分長く知っていることになるね! 彼はエヴリシング・バット・ザ・ガールのドラマーだった。彼のステージも前から観ていたし、今でも彼がパーカッションを演奏して、ほとんどいつも一緒にステージで演奏しているんだよ。彼は本当にすばらしいミュージシャンだ。今回の日本でのライブに彼を連れていけないのが残念だけど。まぁ、いつか実現するといいな。

●他にはクライブ・グレッグソンとか・・レイ・シェルマンって誰でしたっけ?
レイ・シェルマンはジェントル・ジャイアントにいたアーティストだ。シュガーキューブスのファーストアルバムとかプロデュースしている。どうやって彼に出会ったかは・・・もう覚えていないなぁ。

●この“I remember”にでてくるYellow Roomって何ですか?
この曲のこういったフレーズは実は僕の子供の頃の記憶をだどっているんだ。小さい子供のころの遠いかすかな記憶にあることを並べている。本当に2、3歳の頃の古い記憶。僕が覚えている限り最も古い20個の事柄をならべて書いてみたのさ。例えば7:30、1969というのはラジオのクイズ・ショーの事なんだよ。それは<Brain of Britain 1969>というタイトルだった。それが7:30に始まるんだ。子供のころそのラジオを聞くのが楽しみだったんだ。有名な番組でね。翌年それは<1970 >になったんだけど、どうしてタイトルが変わったのか、当時は全然わからなかったんだよ。

「ghost」というのはあなたの作品群の中でキーワードになっていると思うんですが。
そうだね。よく使う言葉ではあるかも。ゴーストの比喩するところについては・・・まぁその歌によって違う。でも人々の秘密とか、わからない事、不確かなこと・・っていうことじゃないかな。

●エディの新しい曲にもゴーストがでてきますよね。「これは絶対ブーが書いた!」と思ってクレジットを確認したらそうだったんでうれしくなりましたよ。
そうそう“bell, book and candle”だ。「〜keep your ghost away」ってやつ。でもこのゴーストはちょっと違ってて・・・うまく言えないけど、これはちょっと違うゴーストだ。

●このアルバム「イグノランス」が一番今のあなたのライブに近い内容じゃないですかね。
そうだね。でも最近レコーディングし終わったばかりの新しいアルバムはもっとライブに近いよ。まだどのレーベルから発売になるかは、わからないけど。とにかくとてもいいものができたと思っている。

●続いて3人で作ったシングル「ワンダフル・ライ」について。そもそも二人に会うきっかけとなったのは?
『ワンダフル・ライ』はエディ・リーダーとクライブ・グレッグソンの二人と一緒に作ったシングルだ。エデイと最初に会ったのは1990年だと思う。アイルランドでとあるレコーディングのバック・ヴォーカルに彼女が参加した時にそのレコーディングに僕も参加していて、そこで出会った。クライブに会ったきっかけは、彼が1989年に僕がダーディン・スミスと作ったアルバム「エヴィデンス」(MPHR006)から “Love is a Strange Hotel ”をカヴァーした事だね。クライブは当時クリスティーン・コリスターとデュオを組んでいて、アメリカをツアーしているときに「エヴィデンス」を見つけて、この曲が気に入ってくれたんだ。で、90年だが91年だかにカヴァーばかりを収録したアルバムを出す時に、この曲をレコーディングした。“Love is a Strange Hotel”はそのアルバムのタイトルにもなった。そんな経緯と僕等の事を二人とも知っていたラジオのプロデューサーが僕等は会うべきだと言ってね、紹介してくれたんだよ。ロンドンでのことだ。おそらく1992年だと思う。

●一緒に曲を書くという方法ですが、実際どのように進めていくんですか。これはもしかしたらトップシークレットかな?
いやいや(笑)、話すよ。だけどクライブとエディと一緒に書くのはだいぶちがう。エディの場合、大抵僕が最初に書き始めて、最終的にエディと一緒に仕上げるという方法をとっているね。エディの新しいアルバム「エンジェルズ&エレクトリシティ」に入っている“California”という曲はめずらしく二人で一緒に始めたんだけど。でもほとんどの場合半分くらい僕がかいて、それで一緒に仕上げている。めったに一緒に書きはじめるということはないね。クライブの場合は全然違って・・・僕とクライブは曲の作り方とか似ているんだよね。ほとんどの場合が、一緒にすわって雑談しながら、最初から最後まで同時進行で作っていく。まぁ共作といってもいろいろパターンがあるんだよ。

●エディがスミスの曲を歌っていますけど、これは彼女のチョイスですか。
いや、違うと思うな。でも覚えてないなぁ。僕のアイディアだったかもしれない。これはクライブの大好きな歌で、エディの声にぴったりあってすごくよく仕上がっているよね。うーん、僕のアイディアだったような気がしてきた。はっきり覚えてないけど。

●この3人でツアーとかしてたわけですよね。
そう。イギリス国内をツアーをしたのは1993年だったかなぁ。これが結構成功してね。だけどクライブがアメリカに移住しちゃったんで、続けていくことが不可能になっちゃったんだ。ステージは、この3人とロブ・ピーターズがドラムをたたいて4人でやることが多かったね。ポスターにロブの写真は出なかったんだけどね(笑)。本当にたのしかったよ。実は来年また3人で集まってツアーしようというプロジェクトをアメリカのとある人物が計画しているんだよ。それが実現したら、日本にも3人で来てみたいなぁ。


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