BOO HEWERDINE IN TOKYO 1998
1998年10月7日
まず2時間遅れた飛行機のせいで、結局夜7時くらいにホテルのロビーに到着したエディ一行。とりあえず初日の挨拶をと思ってホテルで待機していた私をみつけて「いや〜来てくれるなんて知らなかったよ〜」とうれしそうなブー。直前までデンマークで仕事をしていたということで「それじゃ暑いでしょ」という感じの服装だったのが印象的。スケジュールを渡すとそれに目をとおし翌日の取材の時間を確認して、この日はサヨナラしました。
1998年10月8日
エディ本人が取材日、他のメンバーはオフという中、ブーもクロコダイルでの自分のライブのプロモーションのためデイリー読売へ。ホテルのロビーで待ち合わせしていると時間ピッタリ、それこそ1分の遅れもなく降りてきたブー。普段アイリッシュのアーティストの1時間遅れになれているこちらとしては、結構感激。タクシーで大手町読売新聞に移動して、さっそく日本での初の取材となりました。インタビュアーの方がとてもフレンドリーだったので取材は始終なごやかムード。記事もなかなか大きくなったし、デイリー読売さんありがとうございました。取材が終わって「どうしようか」と言うと「CDを買いに行きたい」というブー。渋谷のTOWER
RECORDSに到着し、懸命に何をさがしているのか、と思えばなんとブーは自分の曲をカバーしたアーティストのコレクターで、それぞれアメリカ盤、日本盤、イギリス盤・・とあるものをすべてそろえているのだそう。この日買ったのは「TWENTY-FOUR
SEVEN」のサントラと、あともう1枚はタイトルを忘れてしまったけれど、こちらも自分が曲を提供している人のCD。その後ライブで共演する和久井光司さんとマネージャーの渡辺さんと一緒にタイ料理屋で食事会。ブーは基本的にはあまり飲みません。で、頼むのはグレープフルーツジュース。アルコールは赤ワイン。カベルネ種がお好みのようです。食事中に和久井さんがバイブルの貴重なアナログやブーの従兄弟が在籍していたバンド、フレッシュフォールルのLPを見せてくれて、ブーもビックリ。その後ゲームセンターでプリクラに挑戦。ブーは背が高すぎるのでどうしてもプリクラをとると下から覗き込むようなアングルになってしまします。その後渋谷駅前の王将になだれこみすっかり打ち解けて盛り上がったのでした。
1998年10月9日
この日私はお客様に配る散らしの折り込みのため1時ごろガーデンホールへ。夕方4時ごろミュージシャンが到着し、念入りにリハーサル。表のホールで机を出してCDを並べてながら「あぁ〜ブーに挨拶に行かなくちゃなぁ〜」と思っていると、なんとブーの方が楽屋から出てきて挨拶にきてくれました。本当に丁寧な人です。エディのコンサートといえば、現在のバンドはブーとキーボードのテディ、パーカッションのロイにエディの4人というシンプルな編成。2年くらい前に来たときは大所帯バンドでしたが、私としてはこっちの少ない方が好みかなぁ、という気がしました。エディ本人も前にみたときよりグッとリラックスしてとてもよかったです。ブーも最後にフィーチャーされて今度のアルバムに入る「Birds
are leaving」をエディとデュエット。お陰様で公演終了後はたくさんのCDが売れ、ブーのクロコダイルのチケットも売れました。特にエディのライブということもあって「ワンダフル・ライ」のシングルCDがよく売れましたねぇ。ブーに売上の数字をみせると「こんなに売れたのか〜」ととてもうれしそうでした。
1998年10月10日
2日目のこの日私は夕方にゆっくり会場に入り会場直前に楽屋にいるブーに挨拶。今日も元気そうなブー。その後会場がオープンし私がCDを売っていると、すでに一般のお客さんがたくさん入場しているところにブーはお財布を持ってひょっこりあらわれ「バイブルのCDを売ってくれないか」。冗談かと思って「駄目」と言うと「なんで?」と寂しそう。「実はこの会場の人が僕のファンでこのCD2枚だけ持ってないっていうからあげたいんだ」とブー。「そんな、これはあなたのCDなんだから持っていきなさい」と言うとうれしそうに「ウォーキング・ザ・ゴースト」と「ランダム・アクト〜」を手にとってまた楽屋に戻っていきました。律儀です。
この日は私も割とゆっくり中でコンサートを見学させてもらいました。ブーは体が大きいから大きなステージで映えるなぁ〜と本当に思いました。エディも相当なノッポですが、ブーは本当に190はあるんじゃないでしょうか。
エディは前日よりももっとリラックスしてセットリストを変えまくりながら次々と演奏していきます。ブーのフィーチャー曲は「スケアクロウ」で、エディとパワフルなデユエットがよかったですね。これってブーの曲だったけ〜と思いながら後でCDを確認するとこれはエディとブーと元ダニー・ウイルソンのゲイリー・クラークの共作でした。そっか。
この日もブーのCDがたくさん売れたので報告すると、再びうれしそう。しかしこの時点ですでにファーストソロの「イグノランス」が早くもソールドアウト。実は前日に「エディも自分のCDが何枚売れたか気にしていた」とブー言われていたので、私のとなりにテーブルを出して売っていたレコード店さんにそれぞれ何枚うれたか確認してメモをとり、それをブーに渡すとブーはそれをエディに嬉しそうに渡していました。再び律儀な人です。
さてこの日は東京での最終日ということもあって私も夕食に参加。一行と六本木のインド料理屋で食事をしました。しかし本当にみんな飲まないですね。ブーは再びグレープフルーツジュースを頼んでいました。そういえば食事中ドーナル・ラニーのこととか話題になっていたのが、おもしろかったなぁ。
その後、実はその夜その時点ですでに試合がはじまっているスコットランドのサッカーが気になってしょうがないブー。「ここで中座したら失礼かなぁ〜」とブツブツ言っているので、スマッシュの方にご挨拶しながら、ブーとツアーマネジャーのクリスをつれて六本木のスポーツバーへ移動。スコットランドVSどっかの国だったのですが、スコットランドを応援しに来たのに、スコットランドは絶不調。相手に点を入れられたり、おしいところでゴールがはずれたりするたびに、二人があまりに露骨にガッカリするので、それを見て笑っていたら「笑いごとじゃない」と真面目な顔して怒られちゃった。でも最終的にはスコットランドが大逆転したので二人ともご機嫌になってホテルに帰っていきました。
1998年10月11日
この日はオフ。後で話をきいたらキディランドへ息子のベン君のお土産を買いにいったらしいです。
1998年10月12日
エディ・リーダー大阪公演
1998年10月13日
エディ・リーダー名古屋公演
1998年10月14日
「新幹線のチケットをもらったらどの車両になるか電話してきてね。ホームで待つから」という私の指示通り朝ブーから電話があり7号車付近で待機。八重洲口の国際観光ホテルの前まで和久井さんのマネージャーの渡辺さんが車で迎えに来てくれました。ブーが大きいので私が後ろの座席にギターをかかえてすわり、ブーは前の席を思いっきり後ろにさげて、車に乗り込み宿泊先の渋谷のホテルへ出発。名古屋までエディのツアーを制作したスマッシュさんに「ブーは無事にひろいました〜」と電話し、いよいよこの小さなツアーの始まり〜。夕方の某メーカーとのミーティング、そして和久井さんとのリハーサルまでに時間があるので「疲れてなかったら映画を観に行かないか」と誘い、二人でドーナル・ラニー、シャロン・シャノン、ナリグ・ケイシーがチョイ役で出演する(しかしちゃんと生で演奏もしている)映画「友情の翼」を観にでかけました。ブーは映画をみながら派手に大声で笑ったり激しくリアクションしたりするのでとなりにいる私ははずかしかったです。でも外人って割とみんなそうか。その後近くのアイリッシュパブ、ダブリナーズで、ヘイヴン・レコードのカタログに興味を持っている某メーカーさんと食事。そろそろイギリスの食事が恋しくなってきた時期とみえて、ブーはフィッシュ&チップスをオーダー。そしてあいかわらずグレープフルーツジュースを飲んでました。その後和久井さんとF.B.Iのメンバーの待つ目黒の某スタジオへ移動。リハーサルは深夜まで続き、明日のシャムロックでのライブのためにギターを貸してくれた和久井さんにお礼を言って2台のギターをかかえてホテルに戻りました。

リハーサル中の大名氏、和久井光司氏、ブー

ブー&和久井光司F.B.I.
1998年10月15日
昼すぎにブーをピックアップして、この日イベントのある新宿シャムロックバーへ。パブのマネージャーにこのパブで歌っている女性シンガーがCDの中で「Patience
of Angels」をカバーしていることを知らされ、感激していました。まずは取材を3誌こなし、その後セットリストをじっくり1時間くらいかけて考えていたブー。この日は狭いパブの中にたくさんのお客さんが入り大盛況のうちに終えることができました。来てくれたお客さん、本当にありがとう! 演奏曲目はこの通りです。
1st Set
Swan silvertone/Murder/Wings on my heels/Graceland/A slow divorce/Last
cigarette/Greedy/Bell, book and candle
2nd Set
Please don't ask me to dance/Footstep fall/Honey be good/Birds are leaving/Joke/Patience
of angels/16 miles/59yds/新曲 アンコール:Medicine

和久井光司氏&ブー 新宿シャムロックにて
1998年10月16日
この日は全体のスケジュールを見渡しても一番楽な1日。昼すぎに今回取材場所を提供してくれた表参道のフジパシフィックさんのオフィスに移動。まずは土曜日に取材を行う某誌のために写真撮影を30分。その後また別の雑誌のための取材を1本。休憩時間にエイベックスのショールームで散々インターネットをいじり、このミュージックプラントのページに感激してくれたブー。その後昨日聞いたシャムロックのバンドのCDの情報がインターネット上にないかチェックしてました。ちなみにブーの好きなサーチエンジンはアルタ・ヴィスタだそうです。休憩後さらに1本取材をこなし、「パスタが食べたい」というので原宿のパスタ店へ。ここでやはり某メーカーの方と食事。その後滞在先のホテルに移動して今度は各評論家の方たちとの飲み会。ブーはこの日はめずらしくワインをたくさん飲んでました。またイギリスをツアー中のクライブ・グレッグソンに携帯から電話をしてみようということになり彼のマネージャーに電話をかけるもつかまらず。(のちほどわざわざ電話をくれたクライブ、どうもありがとう!)あ〜3人で話せたらどんなによかったでしょうけど。クライブも来春アルバムが計画されているので、クライブ&ブーでツアーができたらいいね、という話になりました。実現するといいなぁ。
1998年10月17日
この日はまずそのクライブ・グレッグソンの友達でもあるスワンダイブのインストアを観に行こうということになり昼すぎに新宿の新しくできたタワーレコードへ。イベントが終わりサインにスタンバるスワンダイブに話しかけたブーでしたが、ブーの大ファンだというスワンダイブは感激しまくり。その後は、実は前日に壊れてしまったというギターケースの修理、もしくは新しいものをゲットするためにお茶の水へ。5、6件あたるもその場ですぐに直してくれる、ギブソンのケースだけ売ってくれる、というところはなく、雨も強くなってきたし、泣きたくなってきたところに最後に行ったお店で「僕がすぐ直しましょう」という店員さんを発見! 30分くらいで簡単に直ってしまいました。あ〜よかった! その後和久井さんがリハスタジオ近くのレストランで2本の雑誌の取材を行い、終了後リハーサルスタジオへ移動。この日は10時くらいにはリハーサルも終了。
またこの日は私も翌日の早朝ラジオが台風に直撃されそうだ、ということで同じホテルに部屋をとり待機することになりました。
1998年10月18日
この日は朝からすごい風でしたが、ラジオがはじまるころには雲もきれて太陽が顔を出しました。ラジオはピーター・バラカンさんのホストで、バイブルからソロアルバム、エディとクライブと一緒に作った「ワンダフル・ライ」などを紹介。また「Patience
of angels」を生演奏。終了後はギターを置きにホテルへ一旦戻り、和久井さんとバンドの人たちにプレゼントを買いたいというブーをつれてまずは東急ハンズへ。「うーん、バンドのプレゼントは何がいいんだろ〜」と言いながら最終的には原宿のゲットバックへ移動してジョン・レノンの灰皿をメンバー全員に。和久井さんの分にはジョージのバッチ付。その後秋葉原へ移動してこちらもショッピング。目覚ましがわりにCDが鳴るというマシンを購入。ホテルに戻りしばらくしてからクロコダイルへ移動しサウンドチェック。
この日のセットリストは下記の通りです。
1. 和久井光司F.B.I
2. ブー・ヒュワディーン
Murder/Swan silvertone/Wings on my heels/Greedy/Last cigarette/Please
don't ask me to dance/Honey be good/Patience of angels/16miles/59yds
3. ブー・ヒュワディーン & 和久井光司F.B.I
A Song for a friend/Joke/World's end/And your bird can sing/Ghost of
summer walking
<アンコール> Birds are leaving(ソロ)
I'm so lonsome/History(With 和久井光司F.B.I )
<アンコール> A slow divorce
なおこの日の観客にはスワンダイブの二人に加えてサニーデー・サービスの曽我部さんもいらっしゃってました。

ブー、るいたん、中川五郎氏 打ち上げにて

スワンダイブのモリー&ビル、和久井光司氏、ブーの4人 打ち上げにて
1998年10月19日
朝8時にホテルを出て昼の便にて無事ロンドンへ。空港へむかう車の中でも、滞在中の出来事をあれこれ思いだしては、思いだし笑いまでしてました〜。なんつーか、本当にかわいい人ですよねぇ。
本当にコンサートに来てくれたみなさん、CDを買ってくれたみなさん、協力してくれたみなさん、ありがとうございました。今後とも宜しくお願いいたします。
なおそれぞれの雑誌の取材掲載号等が決定し次第、このページにて引き続きご紹介していきます。
Special thanks to Koji Wakui, Dai Ogawa(SMASH)
●エディ・リーダーの大ヒット曲「Patience
of angels」について
「この曲は実はバイブルのために書いた曲だったんだ。でもそのころはもうバンドも終わりの状態で、レコード会社の人たちは誰もこの曲を気に入ってくれなかった。エディがあの曲をレコーディングしたとき、彼女はアメリカでこのレコードを作っていた。それで『何か曲はないか』と僕に電話してきて、それで僕は電話口で彼女に歌ってきかせたのがこの曲さ。ロサンゼルスでスタジオにミュージシャンが集まっているところに僕が「ア〜」とか歌って(笑)、ISDNとか全然そういうんじゃなくってさ。“From
the top of the bus, she thought she saw him wave...”という歌詞だけど、実は当時僕はバス通りに面した所に住んでいて、そのころ長女のホリーが生まれたばっかりだったんだけど、ちょうど2階の部屋がケンブリッジの街を走るダブルデッカーバスの上の席の位置と同じくらいの高さだったんだよね。バスに乗っている人たちがホリーが泣いているのをみて、よく手を振ってくれたんだよ。そこから来ているんだ。」
●kdラングの「Last cigarette」について
「エディの仕事を一緒にやっているテディ・ブロウィッキーと話をしていて『次はなにをやるんだい』って彼に聞いたら、彼が『アメリカへいってkdラングと煙草に関するアルバムを作る』って言うから、じゃあこの曲を持っていってくれって“MY
LAST CIGARETTE"の入っている僕のBAPTIST HOSPITALを渡したんだ。それをkdラングが気に入ってくれてカバーしてくれることになった。その後kdラングがアルバム『ドラッグ』のプロモーションのためにイギリスでプレス用のイベントをロンドンのロニー・スコッツで行った時、最後に“LAST
CIGARETTE”を一緒に歌おうってことになったんだ。それで僕はステージの袖でスタンバイしていたんだけど、ちょうどその1曲前で彼女は観客の中に倒れこみ、別にそれで怪我したとかそういんじゃないけど、機嫌を悪くしたんだか、ステージの裏に引っ込んでしまった。僕は何もきかされてなくて、ステージにギターを持って出ていったんだよ(笑)。もうちょっとで一緒に歌えたのに残念だったよねぇ。」
●HAVEN RECORDSのロゴについて
「(これは蝶ですか?と聞かれて)これは蛾なんだ。バイブル時代にクリサリス(さなぎ)とサインしていたから・・・ヘイヴンの僕のパートナーが考えたんだよ。」
●アーニー・ディフランコについて
「アーニーは、もうずいぶん前に僕の前座としてブッキングされていて、その時はなんとお客が僕とパム(ブーの奥さん)しかいなくてかわいそうだったなぁ。でもそのライブの素晴しさに僕ら二人はブッとんでしまったんだよ。」「その後アーニーのデモテープを手にいれたのは、なんと人の車の後部座席にすわっていたとき。座席のこのヘン、足元にテープが落ちていたのでそれを拾ったのさ。それを聞いてまたブッとんだね。本当に彼女のようなスゴい才能を見つけられことは滅多にないよ。」
●エディのツアーついて
「東京での2日目の公演はよかったねぇ〜。彼女はノってくるとセットリストをころころ変えるんだよ。時々バンドのメンバーが聞いたことない曲をやりはじめたりしてね(笑)、彼女は曲を覚えるすごい才能を持っている。曲から歌詞から本当によく覚えてるんだ。他のメンバーは大パニックなんだけどね。名古屋では突然エルビスの曲とかやったんだよ。本当にすばらしかったなぁ。」「今のベースレスのこのバンドの方がいいね。前回来日した時はすごい大所帯のバンドだったけど、今のほうがタイトな感じで、彼女の歌がよくはえていいと思う。」
●エディに提供する曲について
「エディが歌うところをある程度想像して書くのは事実だけど、僕と彼女はものの考え方とか似ているみたいで、エディに提供するため、ってことで自分が歌う曲と特別に区別したり、歌の根本的なものを変えたりということはないね。」「今回のアルバムに入っているWings
on my heelsなんかは、彼女の声が低めになったときにすごく素敵だから、それを想定して書いたんだよ。」
●新宿駅南口から甲州街道を見下ろす望む道で
「前回日本に来たときは、新宿の西口エリアのホテルに泊まっていただろ。実はある夜この場所をみたときにネオンやライトがきれいだな、って思ってエディのニューアルバムAngels
& Electoricityのタイトルを思いついたんだ。」