ペタはロンドン生まれで、オックスフォード大学のヘリティッジ・ソサエティーでトラディショナル・ミュージックの知識を深め、地方のパブでアイルランド出身の歌手達から歌を学んだというユニークな経歴を持つ。(彼女が活動を始めた70年代までの頃は特にそうだと思うが、)英国のフォーク・シンガーには高学歴者は少なかったし、「所詮はインテリのお嬢さんが趣味で歌っている」(?) などと揶揄されたとかの話も伝え聞く(まあホントのところはどうだか知りませんが)。しかし、彼女の歌声とトラディショナル・ソングへ情熱はまさに掛けがえの無いもので、彼女は一切の虚飾を排した歌をこの30年間一途に歌い続けてきたのである。ペタの音楽活動を記録したレコードとしては、71年のTOPIC 盤"OAK:WELCOME TO OUR FAIR" と同じレーベルからの72年作"I HAVE WANDERED IN EXILE"が古くからの英国フォーク・ファンには良く知られている。前者は今やTOPIC レコードのボスとして君臨? しているトニー・イングルや、メロディオンの名人ロッド・ストラディング達とのグループで、イングリッシュ・カントリー・ミュージックを演奏するリバイバル・バンドの草分け的な存在だった。トニーはアングロ・コンサーティナを演奏していたが、ペタもここでは歌の他フィドルを弾いていた。そして72年作の方はシンガーとしてのペタのソロ・アルバムで、無伴奏もしくは最小限の楽器をバックに、彼女の最も得意とするアイリッシュ系の歌をじっくりと歌った傑作アルバムで、そのジャケットの解説にある通り、彼女の歌唱法は基本的にはイングリッシュ・スタイルながらアイリッシュのシンガーやトラベラー達の影響を受けたもの。例えばここで歌のソースとして名を挙げているリタ&セイラ・ケーンやブリジット・ターニー等といった人達の歌い方(声の装飾音の付け方など)をもペタは受け継いでいる訳だ。もう少し言えば、ペタの歌はアン・ブリッグスでも、フランキー・アームストロングでもなく、あえて言えばジューン・テイバーのある面にやや近いかなといった感じなのだ(ジューンはアンに最大の影響を受けたが、また同時にセイラ・メイケムなどのアイリッシュのシンガーにも影響を受けたという)。
さてその72年作のアルバム(イングル先生、CD化を!)でぞっこんになったペタなのだが、その後の録音は余り多いとは言えず、知るかぎりでは79年作のスコティッシュ・シンガーのアリソン・マクモーランドとのデュオ・アルバム(これもTOPIC )と、更にその10年くらい後のソロのカセット・アルバム"THE MAGPIE'S NEST"(MUSICALTRADITIONS これも凄い傑作だ) 、自分名義のアルバムはこれくらいしかない。あとは女性だけのヴォーカルグループSISTERS UNLIMITED の一員として"NO LIMITS"(HARBOURTOWN) と"NO BED OF ROSES"(FELLSIDE) の2枚、そしてフェルサイドの無伴奏シンギングのオムニバス・アルバム"VOICES"に収録されている....主なところはこれ位だろうか。長年のキャリアにしては録音はほんの一握りしかない。しかし、いずれの録音でも一切の妥協を排して基本的に無伴奏で、自分のスタイルで歌い貫いているところが何とも素晴らしく感動的であった。
そしてOAK から約30年後の今年になって発表されたのが、このフェルサイド盤なのだ。デュエット相手の男性シンガーのケン・ホールはここ10年ペタと一緒に活動しており、二人は英米のトラッド・フェス(高名な伝統歌手に捧げられたステージなど)で歌ってきたほか、90年からロンドンで伝統歌手に場所を提供する目的のフォーク・クラブMUSICAL TRADITIONS CLUB を運営したりしてきたという。更にアイルランド学の学位を取得しているケンは「歌を通してのアイルランド史」についての研究成果を発表したり、またペタは幾多のワークショップを開いてトラディショナル・スタイルの歌を教えてきた。一言でいうとこの二人は強固な意思と情熱で現在進行形のフォークリヴァイヴァルを続けているのだ。
ともあれ、本作を一聴すると、「おお、これはイングランドのフォーク・クラブそのものではないか」という飾りのないアットホームな雰囲気にどっぷり浸れてしまう。そして心の芯から熱唱する二人。二人のデュエット・スタイルのベースとなっているのは、コパー・ファミリーの様なイングランド伝統のぶ厚いユニゾンで、それに「40年代の米国の兄弟デュエットのスタイル」(モンロー・ブラザースとかの事だろう)といわれるハーモニー・コーラスも聴かせる。....ともかくもう何も言うことはありませんね。二人のそれぞれのソロも勿論聞きもので、例えばペタが伸びやかに歌う"SCARBOROUGH FAIR TOWN" や"THE RICHMAN'S DAUGHTER"など最高の名唱だし、"SILVER DAGGER" などでのケンのストレートな歌もなかなかと思けれど、やはり二人が揃うと更に「圧倒的」。シンニードで知られる"I AM STRETCHED..." の沈み込んだ静かな詠唱から、軽やかで楽しい"WHISKEY IN ME TAY" まで自在に聴かせてくれる。"I AM STRETCHED.."を除くと寧ろそんなに有名でない曲が集まっているだけにペタ達のシンギングそのものの魅力がいやでも分かるのだ。全18曲の内14曲までがトラッドで、イングランドとアイルランドと米国産の歌。言い忘れていたけれど、本作は全くの楽器伴奏無しのアルバムである。そういう意味では、聞き方によっては「取りつくシマもない」ものかもしれないが、本作は無伴奏トラッド歌唱のファンだけではなく、多くのリスナーの心を捕らえる力をもっていると思う、いや確信するのだ。勿論、私にとっては今年の全てのアルバムの中でも屈指の一作である。ペタ様、どうかこれからはフェルサイドでコンスタントにアルバムを発表して下さいね。
さてこのアルバムではバトル・フィールド・バンドのダキー・ピンコック
(フルート、バグパイプ)を始め、ロス・ケネディー (ギター) 、スティーヴ・ローレンス(ブズーキ、ドブロ他)といった腕の確かなプレイヤー達のバックを得て、肩肘を張らずに伸びとしたプレイを全編聴かせている。彼のフィドルは凄腕なのだが、ここにあるのはそれを余り露骨に感じさせないような、実にリラックスした音楽なのだ。一部でドブロ等が印象的に使われているものの全般に革新的なサウンドを目指したアルバムでははい。ケイリー・バンドで演奏していたという彼の経歴通り、ダンス・チューンをダンス・チューンらしく演奏しているのである。ボール・ルーム風のカクテル・ピアノ?
が堂々とイントロを取る曲などはそのセンスにのけぞってしまいそう
になるが、これは例外としても確かに(はっきり言って)全体のサウンドのセンスはダサイところがある。しかしそれがまたなかなかいい味を出しているのである。余りに定番的とは言えパイプ・マーチなどの気の置けなさは実に心地よい。
そして何よりも特筆すべきはスロー・エアーの様な静粛な曲である。ここで彼のフィドルは消え入る寸前の蝋燭の様な繊細さで音を綴るのだ。一寸クラシック的でもあるけれど独特の滑らかなツヤも実に美しい。うーん、この辺の味わいはたまりません。彼はカパー・ケリー、オシアン、タナヒル、アイロン・ホースといったバンドの元メンバー達と共に新グループのCANTERACH
に参加していて近くレコーディングもする予定とか。これからの活動がますます楽しみだ。
SEASCAPE
さて本作だが、スピナーズの同僚ジョン・マコーマック(double bass,vo)や、通 好みのアングロ・コンサーティナ・プレイヤーのブライアン・ピーターズといった仲 間達を従えて、コクとメリハリの効いた歌唱をたっぷりと堪能させてくれる。その数 なんと全25曲。「海賊」「女性」「アメリカ」「英国海軍」といった幾つかのサブ・ ジャンル毎に自身の手による解説が付されているが、要はシー・シャンティ(船の上 での作業歌)から海に関するバラッドまで良く知られた(広い意味での)海のトラデ ィショナル・ソング(ヒュージーはソングライターとしても知られるが本作はトラッ ドのみ)をごっそり集めたもので、こうなるとこのジャンルでは、先に待望のCD化( フェルサイドではないが)がなされたジョニー・コリンズや、古くはスタン・ヒュー ジルなどなど「海の歌専業の強者達」と激突する事になる。しかしヒュージーの本作 はそのストレートな歌唱で強者達に一歩も引けをとらない。いやこんな言い方はこの 大シンガーに本来失礼なのであって、リバプールを本拠地にしたスピナーズ自体が海 の歌を一つのウリにしていたのだ。とはいえそのスピナーズというのは一部ではフォ ーク界のAORと言われた面もあったので、もしや本作もイージーリスニング的なサウンドではと思われるかもしれないが、フェルサイドがそんな軟弱なアルバムを作る 訳がない。
お馴染みの"SALLY BROWN" などのシャンティは硬派一色のコーラス付きで歌われ ていて、まず完璧だがそれ以上に無伴奏ソロで歌われる"HENRY MARTIN"とか"VAN DIE MEN'S LAND" といったバラッドの震えの来るような素晴らしさはどうだろう。単に硬 質なだけではなく人生の襞を感じさせるような味わい深さで、ハードコアなトラッド ・ファンを思わずにんまりとさせてくれる。これこそ年季の勝利というべきか。全般 に全力投球のシンギングも良いが、"BANKS OF THE BANN" の美しいメロディーを使っ た"BLOOD ON THE ICE"などで聞かせる一歩力を抜いて余裕で聞かせる歌がまた絶品な のだ。サウンドについて言えば、仲間達と楽しくやっている曲でも60年代的な単純な シングアウト・コーラスという感じではなく、ルーラルな英国トラッド・フォークの 音に仕上げられているのも流石このレーベルらしいところ。海の歌云々の前提を別にして広く聴かれて欲しい近年の傑作。
BEYOND
THE RED HORIZON
前置きが長くなったが、素晴らしかった前作"BENATH..." に続くこの最新作は彼 の絶品の喉と人柄が全面に表れたもので、掛けがえの無い1時間をリスナーに提供し てくれる。彼の諸作は大胆な変化とは無縁なのだが、それでもバンド名義になってか らの2作目に当たる本盤では、バックの音も更に一層の安定感と厚みを増し、彼も心 から安心して身を委ねている様な印象を受ける。今回のバンドはアイリス・ビショッ プ(accordion,duet consertina) 、ゲイリー・ホルダー(bass)、イアン・ホルダー(a ccordion) 、テリー・ポッター(mouth organ) という(勿論)オール・アコースティ ックで控えめなサウンドだが、それが実に良い。本作での、コンサーティナの波の様 な音の上に伸びやかに「たゆとう」リードの歌を聴いていると文字通り時と場所を忘 れてしまいそうになる。さて本作の曲もいつもの様にオーストラリアものが中心を占 めているが、彼の近年の新しい試みもある。オーストラリア最大の民衆詩人ヘンリー ・ローソンの詩に曲を付けた歌(これはオースラリアン・フォークの一ジャンルにな っている程だが、それでもローソンの詩の大半は曲が付いていないという)を幾つか 取り上げているのだが、その内、"GENOA" 、"DOWN THE RIVER"、"POSSUMLAND"といっ た曲はリード自身が音楽を作曲したものなのだ。そして今回は更にローソン以外の詩 に作曲した曲もある。"THE BLACK SWANS" 、"SILENCE AND TEARS" がそれで、前者は ローソンと同じくオーストラリアの「ブッシュ詩人」のエドワード・ハリントン作、 後者は英国ロマン派詩人のあのバイロン作の詩に彼が曲を付けたものなのだ。詩人の 作品に自作のメロディーを付加して歌うという試みは実は彼は前作でも披露していた のだが、今回はその発展と言えるものだ。この種の前例というと、キップリングの詩 を多く歌ったピーター・ベラミーを思い出すが、ここでのリードもこの難しい仕事の 希有な成功例と言えるだろうと思う。何よりも彼の、言葉を置いてゆくような歌い方 にぴったりと一致した全く無理の無い音の流れが快い。(特に同時に歯切れの良い鋭 さを伴った"THE BLACK..."は最高だと思う。)
現代のソング・ライターの作品も4曲あるが、特に第二次大戦でのソンムの村の 激戦を綴った"FROM SEVERN BY THE SOMME"(MARTIN GRAEBE作) やコォーンウォールか らオーストラリアに移民した炭鉱夫達の心情を歌った"SHINING DOWN ON SENNEN"(MIK E O'CONNER作) の歴史ものの歌が印象的だ。勿論トラッドの名曲もある。ここでは特 にイングランドの名曲"THE CONSTANT LOVERS" や"THE BANKS OF CLAUDY" がリスナー を酔わせてくれるだろう。同じく絶品の歌と言っても別項のヒュージー・ジョーンズ の硬質な歌とはまた全く違う素晴らしさで、包容力に溢れた暖かい歌である。
いかにもオーストラリアン・フォークらしい楽しいノリの"TOMAHAWKING FRED"( 羊刈りのチャンピオンを歌ったトラッド)もあるがこれは例外的で、本盤はいつにも 増してひたすら「たゆとう」歌の波の連続。これに深い感動を感じるか、はたまた退屈を覚えるかは聞き手次第だが、著者としては駄作の無いこの偉大な歌手にしても最 高級の傑作としか言いようがない。
THE
OLD DUHHAM ROAD
プレイボタンを押すとハーディ・ガーディ(名手ジェイク・ウォルトンによる) やハーモニカやシターン(共にジェズ自身)のルーラルなサウンドに乗ってなんとも 心地よいワルツが流れてくる。この気の置けない親しみやすさこそがフェルサイドの 音楽なのだ。しかし気の置けないサウンドをバックに滑らかな歌を聴かせるジェズの 詩は決して甘口のものではない。それは例えば、職を求めて各地を彷徨う北国からの 出稼ぎ労働者の歌であったり、炭鉱夫を早朝に起こす苦行の任務についた男の嘆きで あったりするのだ。こうした(特に地元の炭鉱を中心にした)労働者達のハードな日 常と彼らの誇りを彼はしかし、決して観念的にならず、また安易な私見も挟まずに淡 々と具体的な描写で綴ってゆく。これはトラディショナル・ソングの伝統を継いでい る事に他ならないだろう。ここには"HARD LIFE" や"CURSED BE THE CALLER"といった 彼の忘れられない名曲が詰まっているのだ。
本盤にはまた何曲ものトラッドの名演も含まれている。バンジョーの素晴らしく 味のある弾き語りを聴かせる"FOGGY BANKS" (ニュージーランドのトラッド)がまず 良い。このバックは先のジェイク・ウォルトンで、バンジョーにハーディー・ガーデ ィーのドローン音を絡ませるというアイデアは脱帽ものだ。そしてバート・ヤンシュ やドック・ワトソンなどでお馴染みの"PRETTY SARO" の繊細なダルシマーの弾き語り や、これも良く知られた"WHEEL OF FORTUNE"の何ともアット・ホームな味わい(一時 バトルフィールド・バンドなどにも在籍していたジム&シルビア・バーンズ夫妻がサ ポートしている)も最高だ。この2曲はデビュー盤からのもの。更に1曲の未発表曲 もトラッドで"THE TIME FOR LEAVING"。これは一人でダルシマーやシターンの弾き語 りを聴かせてくれる。
冒頭でフェルサイドがジェズを世に出したと書いてしまったが、同時にこの現代 英国フォークの逸材が居たからこそこのレーベルも世に広く知られるようになったの である。本盤はそのジェズとフェルサイドを代表する永遠の一枚である事は間違いない。
THE
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