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タイトル:ウィリア アーティスト:ファーンヒル
「どう表現したらいいのかしら・・・とても美しいんだけど、なんというか、とてもリズミカルで、フランスっぽいサウンドを持つケルト音楽、みたいなー? 編成はフィドルとアコーディオンと、それと、なんと言ったかしら・・パストラル・オーボエ。彼らはウェールズ語の曲をメインに演奏しているわ。ヴォーカルは世界中で私のもっとも好きなシンガー、ジュリー・マーフィー。そう、なんというか、フォーキーでありながら、まるで絵みたいに綺麗。とても美しい声で、ピュアなサウンドで・・彼女の歌い方が、これまたいいんだわ。とても詩的で、本当に美しい歌よ。日曜日の夜更けに聴くのには最高って感じ! かなり複雑にアレンジされていると同時に、ただただ単純に素晴らしい音楽でもある。今、ちょうど座ってこのアルバムを聴きながら・・“ほんと、なんて素晴らしいのかしら!!”って・・そういう気持ちよ」
イライザ・カーシー(フィドラー/英国MOJO誌掲載のコメントより)

「ファーンヒルはあっと有名になった。彼等がでてきた頃は、ちょうどウエールズ音楽シーンは自分たち独自の文化を復活させようとしていた時期で・・・ちょうどロックバンドのSUPER FURRY ANIMALS がウエールズ語のアルバムをリリースしたばかりの時だ・・でも彼らは単に過去のものを再現するにとどまらず、他の音楽とウェールズのスピリッツを混ぜ合わせることに成功したんだ。本作において、3人は純粋なウェールズ語のアルバムのために、全ての余計な荷物をはぎ取ったといえるだろう。マーフィーの歌は前ソロ作「Black Mountain」のころから、神秘的とも言える力を身につけ、それが魅力的なアレンジにより、さらに、重厚な存在となってきている。カッティングのボタンアコーディオンは楽しさ以外の何者でもないし、マシューズはクラリネットからボンボまで様々な魅力的な仕上げを施している。「Dawnes O Gwmpas」は9分におよぶ曲だが、ヴォーカルと楽器のかみ合い、特にマシューズの人を惹きつけるパイピングが生み出すエネルギーによって1秒たりとも退屈することがない。絶対にとっつきにくいことはなく、実際、時にブルターニュのダンス音楽、また別の時には田園の美しさを思わせる明るいアップビートな作品集と言えるだろう。そして、もう一つの9分におよぶ作品「Cariad Fel Y Mor」ほど、顎が落ちるほどにすごいものはないだろう。なんとLiz Fraserが80年代に(英国のインディーズバンド??だったかな)ディス・モータル・コイルとともにチャートインさせたヒット曲Tim Buckley作 の「SONG TO THE SIREN」で始まる。この異質さは非常に魅力的である。“Talking”を意味する タイトル「Whilia」は、魅力的で美しいアルバムだ。
コリン・アーウィン/英Folk Roots誌

オリジナルで、かつ積極的で、モダン・・このアルバムは素晴らしい曲でいっぱいだ。ウェールズ文化ルネッサンスにおいて重要なランドマーク。
Julian May, Songlines (新譜紹介のTOP10に「WHILIA」を選んで)

「実に聞き応えのある作品で、ミレニアム・イヤーに無数にリリースされたフォークアルバムの中でも大傑作のひとつ。これはユニークなケルト音楽であると同時に、ブリティッシュ・フォークの味わいも濃厚で、まさにワン・アンド・オンリーの音楽だ」
白石 和良(音楽ジャーナリスト)
. whilia  2. fi wela  3. dole teifi  4. dawns o gwmpas  5. cariad fel y mor  6. dawns tro  7. chwant (TOTAL TIME 50.09)

Fernhill:Julie Murphy(vocals), Andy Cutting(Button Accordions), Ceri Rhys Matthews(Guitar, Clarinet, Bombo, Pibe cwd), Tim Harries(Double Bass), Cass Meurig(Fiddle)

商品番号 RUCD061
値段(税込) 2,625円
ジャンル ケルティック・ミュージック
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー 中川五郎、白石和良
コメント:輸入盤/帯解説あり
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タイトル:CANOS(1996) アーティスト:Fernhill
1. Frarwel i Aberystwyth  2. Cowboi  3. Brigg fair  4. Gwenith gwyn  5. Ridees Pastwn mawr  6. March glas  7. Le gabier de Terre-Neuve  8. Lloer dirion  9. Banks of the Nile  10. Pilons I'herbe (TOTAL TIME:48:43)

Fernhill:Julie Murphy(vox), Andy Cutting(Button Accordion), Ceri Rhys Matthews(Cittern, Sudanese lute, Clarinet, Pastoral oboe), Jonathan Shorland(Flutes, Veuze, Pastoral oboes, Clarinet)
 
 

 

商品番号
値段(税込) 2,415円
ジャンル ケルティック・ミュージック
在庫ステイタス 終了/入荷予定なし
ライナー なし
コメント:輸入盤

WHILIA LINER NOTES
ウィリアのライナーノーツを執筆者中川五郎さん、白石和良さんのご協力によりここに掲載させていただきます。


 ウェールズを代表するトラディショナル・ミュージック・バンドとして、地元ウェールズやイギリス、あるいはさまざまなケルト圏の地域のみならず、世界各地で高く評価され、人気も獲得しているのがファーンヒルで、そのトリオの歌姫としてウェールズ語の素晴らしい歌を聞かせてくれるのがジュリー・マーフィーだ。
 1996年のバンド結成から現在までに発表されたファーンヒルの三枚のアルバム、『CA'NOS』、『LLATAI』、『WHILIA』や1999年に発表されたジュリーのソロ・アルバム『BLACK MOUNTAINS REVISITED』に耳を傾ければ、彼女はウェールズの文化や伝統にどっぷりと浸って育ち、音楽的にもウェールズやブルターニュ、あるいはイングランドのトラディショナル・ミュージックの影響を強く受け、そうした音楽の研究にも熱心に勤しんできた、いわゆる「ハードコア」のトラディショナル・シンガーではないかという印象を抱かされてしまう。それにファーンヒルの歌姫としてのデビューに先立つこと2年前、ハーディー・ガーディーの巨匠ナイジェル・イートンとのデュオ・プロジェクト、ワーリング・ポープ・ジョーンによって、まずはジュリーに熱い注目が集まったという事実もまた、彼女はトラディショナル・ミュージック・シーンの中で「純粋培養」された「生粋」のトラディショナル・シンガーに違いないという思いを、多くの人たちに抱かせるに違いない。
 ところがウェールズ・ルネッサンスの中心に位置するバンドと、イギリスの音楽雑誌『MOJO』に書かれているファーンヒルの歌姫ジュリー・マーフィーは、実はウェールズの出身ではないのだ。彼女はイングランド南東部にあるエセックスの出身で、ウェールズにはカレッジを卒業した後に初めて移り住んでいる(ウェールズに移り住む前に、しばらくブルターニュで暮らしていたという情報もある)。それではエセックスで育ったジュリーは、少女の頃からイングランドのトラディショナル・ミュージックやフォーク・ソングばかりに親しんでいたのかといえば、それも違っている。
「ティーンエージャーの頃はアレサ・フランクリンやスティーヴィー・ワンダーを聴いていたわ。ふつうの十代の子供たちが聴いているような音楽をね」と、ジュリーは語っている(『FOLK ROOTS MAGAZINE』1999年6月号のコリン・アーウィンの記事「JULIE NOTED」の中で紹介されているジュリーの発言より。以下の彼女の発言もすべて同記事からの引用)。そして彼女は、「でもアレサやスティーヴィーだってフォーク・ミュージックでしょう? 黒人のフォーク・ミュージック。彼女たちの音楽にはソウルがあって、それが聴く者の心に直接訴えかけてくるの。わたしがフォーク・ミュージックに引きつけられたのも、そうした思いを味わわせられたからなの」と、つけ加えている。
 ファーンヒルのアルバムやソロ・アルバム『BLACK MOUNTAINS REVISITED』を聴く限り、彼女がアレサ・フランクリンやスティーヴィー・ワンダーの音楽の影響を受け、今もそうした音楽に耳を傾け続けているとはにわかには信じがたいが、驚くのはまだ早い。アート・スクールに通っていた頃の彼女は、髪の毛を紫色に染めてパンク・バンドでドラムスを叩き、ビートルズの「ストロベリー・フィールズ・フォーエバー」のような神聖にして侵すことのできない名曲をとんでもないアレンジで演奏していたというのだ。
 そしてジュリーは自らが最も影響を受けたアーティストとして、彼女にとっては神のような存在のパティ・スミスを筆頭に、ビョーク、エミルー・ハリス、サンディ・デニー、ダスティ・スプリングフィールド、もとスローイング・ミューゼスのクリスティン・ハーシュ、P.J.ハーヴェイといった女性アーティストたちの名前を挙げ、「彼女たちはみんな白人のソウル・シスターたちよ」とコメントしている。ほかにも彼女はローリン・ヒルやマリの女性シンガー、ウームー・サンガレも高く評価している。どうやら彼女は、音楽に関しては、ばりばりのトラディショナリストとして育ってきたわけではなく、大多数の人たちと同じように、ロックやポップス、ソウルに親しみ、今もそうした音楽に熱心に耳を傾け続けている。
 ではエセックス生まれで、ロックやポップスに親しみ、パンク・バンドまで組んでいたジュリー・マーフィーがどうしてウェールズの伝統音楽にこれほどまでに深くのめり込むようになってしまったのかといえば、これはどうやら一人の男性との出会いが大きなきっかけとなっている。メイドストーン・アート・カレッジでの学生時代、ジュリーが親しくなったのはウェールズ南部の港町スウォンジーからやってきていたケリ・リース・マシューズで、二人はカレッジを終えると共にウェールズに移り住んだ。二人が落ち着いたのはウェールズ南西部のティフィ・ヴァリーの村で、そこではウェールズ語が日常語として使われ、ジュリーは地元の言葉を学びながら、ウェールズの伝統と文化にどっぷり浸るようになり、とりわけウェールズの伝統音楽の篤学者となっていった。
 もちろんジュリーがウェールズの伝統音楽に没頭するようになったのは、パートナーのケリの影響も大きい。彼自身もウェールズ音楽の熱心な研究家で、作曲家やマルチ・ミュージシャン、とりわけパイパーとして活躍していた。後にケリとジュリー、ボタン・アコーディオン・プレイヤーのアンディ・カッティングと管楽器奏者のジョナサン・ショーランドの四人でファーンヒルが結成されることになったのも、ごく自然の成り行きだったと言える。
 しかしファーンヒルに先立ち、ジュリーはまずはケリとの二人組でウェールズの伝統音楽を奏で始めた。それは1980年代中頃のことで、ほどなく二人はジョナサンと出会い、そこにほかにのメンバーも加わって、Saith Rhyfeddodというバンド名で活動をすることになった。「確固としたスタイルでウェールズの伝統音楽を演奏するわたしたちの活動は画期的なものだった」と、ジュリーは語っているが、彼らは困難にも立ち向かわなければならなかった。というのも「多くのフォーク・ソングは、毎年ウェールズで行われるウェールズ語だけの音楽芸術祭、アイステズヴォッドの影響を受けて、クラシック調のものになってしまい、もとのままの歌を聴くことができなくなってしまっていた」からだ。
 Saith reyfeddodはやがて解散状態となり、ジュリーはソロ・アーティストとして、1994年に前述したナイジェル・イートンとのワーリング・ポープ・ジョーンというプロジェクトに加わり、『SPIN』というアルバムを発表する。「ナイジェルを指南役にわたしはイギリスのフォーク・シーンに飛び込んでいった。『SPIN』はアイディアとエネルギーとに満ち溢れたアルバムだった」と、ジュリーは語っている。そして90年代半ばには、ビューティフル・ジョー・レコードのティム・ヒーリーが企画したケルトやイングランドのトラディショナル・ミュージックを集めたさまざまなコンピレーション・アルバムに、ジュリーはケリやジョナサンと共に参加してウェールズ語の歌を録音し、そのセッションにはアンディ・カッティングも駆けつけて、それがきっかけとなってファーンヒルが結成されることになった。
 ファーンヒルでは現在までに、96年に『CA'NOS』、98年に『LLATAI』、そして2000年にこの最新作『WHILIA』と3枚のアルバムを発表し、ファーストとセカンドは四人組だったが、サード・アルバムの本作からはジョナサンが抜け、ジュリー、ケリ、アンディの三人組となっている。そしてこの4月に行われる初来日公演のメンバーは、ケリが不在で、代わって本作でもフィドルを弾いているカサンドラ・メウリグが加わってのトリオ編成で行われることになっている。
 と、以上がウェールズを代表するトラッド・バンド、ファーンヒルの歌姫、ジュリー・マーフィーがウェールズ人でもなければ、トラディショナル一辺倒のアーティストでもないというあらましだが、ファーンヒルのアルバムを聴いていると、実はシンガーのジュリーがウェールズ人ではないということが、逆にこのバンドの音楽を、単なる伝統音楽の忠実な再現だけにとどまることのない、きわめて独創的でもあれば実験的でもあり、もっと言えば進歩的なものにさせている大きな要因となっているように思える。
「わたしはウェールズ文化の代表者なんかじゃない。ウェールズはわたしに多くのものを与えてくれたけど、だからといってウェールズ人になりたいわけでもない。自分が暮らしているところでウェールズ語を喋っているし、歌っている多くの歌も自分たちが暮らしている地域のものだから、ウェールズ語で歌うのがいちばんぴったりくるの。わたしはインサイダーになったアウトサイダーなの」と、ジュリーは語っているが、この彼女とウェールズとの微妙な距離感が、ファーンヒルの奏でる音楽に独自のパースペクティヴと斬新な感覚とを与えているのではないだろうか。
 それはジュリーのみならず、ファーンヒルというバンド全体にも言えることで、彼らはウェールズの伝統音楽という限られた枠の中に閉じこもったままそうした音楽を演奏しているのではなく、音楽的にも文化的にも柔軟で幅広いバックグラウンドを持ち、世界のあらゆる音楽とも交信しながら、巨視的な視点の中でウェールズの伝統音楽を大胆に捉え直し、伝統の中に現在、あるいは未来までをも息吹かせていると言える。
 ウェールズのインサイダーとなったアウトサイダー、ジュリー・マーフィーがウェールズ語で歌う、ファーンヒルのイノベイティヴなトラディショナル・ミュージックの世界(革新的な伝統音楽とは、決して矛盾ではない!)をじっくりと味わってほしい。

2001年2月26日 中川五郎
 
 



 魅惑的な女性シンガー、ジュリー・マーフィーを擁するユニークなウェールズのグループ、ファーンヒルがブリティッシュ・カウンシルの主催で初来日(2001年4月)、そして彼らの最新作が遂に日本盤仕様でここにリリースされる事になった。彼らの3作目に当たる本作は、ミレニアム・イヤーに世界中で無数にリリースされた所謂ケルティック・フォークのアルバムの中でも大傑作の一つであり、その音楽は他に類を見ないものだ。
  ファーンヒルは元々はジョナサン・ショーランドJONATHAN SHORLAND(バグパイプ、オーボエ、ホイッスルほか) を中心にしてケリ・マシューズCERI MATTHEWS(ギター、クラリネット、バグパイプほか) &ジュリー・マーフィーJULIE MURPHY (歌) の夫婦、そしてアンディー・カッティングANDY CUTTING (ボタン・アコーディオン) が加わった4人組でスタートしたグループだった。アベリストウィス(ウェールズ北部の湾岸の保養地)の大学の出身のジョナサンは、在学中にかのディヴィッド・マンロウの伝説的なラジオ番組『パイド・パイパー』(今日の英国古楽の先達で多大な影響を与えた故マンロウによる古楽〜民族音楽の啓蒙番組)やブルターニュの巨人、アラン・スティーヴェルのレコードを聴いて、大いに影響を受け、卒業後は一時ブルターニュに住んだ。そこの現地の音楽を生で体験した彼はウェールズに戻ってバグパイプやボンバルド等を作る楽器職人として仕事をするが、彼こそは『ウェールズにブルターニュのボンバルドを持ち込んだ最初の男』とされているという。言語の上では、ウェールズとブルターニュの近親性はよく取り沙汰されているが、トラッド・フォークの分野では両者がクロスオーバーした音楽は、意外や余り存在しない。勿論、皆無という訳ではなく例えば70年代には既に(ジョナサンと同じく)アベリストウィス大学の学生達(男性5人組)によるMynediad am Ddimというフォークグループがあって、アイルランドやブルターニュにまでツアーをしていたというが、彼らはウェールズのトラッドをブルターニュのトラッドのような緊張感溢れるコーラスで聴かせていた。しかし、これはやはり例外的で70年代からのウェールズのトラッドの主導的なグループ、アールロッグAr Logを初め大半のウェールズのフォーク・グループの音楽はテリン(Telyn ウェールズのハープ) などを中心にしたノーブルなサウンドで歌の方も教会のコーラスの伝統が感じられるようなクラシカルで穏やかなものが多く、要するにブルターニュのトラッドの咆哮するボンバルドやショーム、あるいは早口でまくたてるなどの独特の歌唱法とは、かなりかけ離れたものである。しかしジョナサンの結成したこのファーンヒルは、ウェールズのトラッドにブルターニュ音楽のリズムや歌唱法などの要素を取り入れたユニークなサウンドとジュリーの歌の魅力で比類の無い存在となっているのだ。
 話の順序を戻して、一方、ウェールズ東南部スウォンジー出身のケリは、ケント州のカレッジでエセックス出身のジュリーに出会い、意気投合してウェールズの歌をデュオで歌うようになったという。そして80年代の半ばにウェールズのフォーク・フェスで先のジョナサンと遭遇した事がきっかけなって一緒にバンドを組むようになる。この3人に更に別の3名を加えた6人組でSaith Rhyfeddod というグループだった。彼らはウェールズの伝統のダンスミュージックをバグパイプやオーボエなどを駆使して演奏したが、それは東欧音楽などの響きまでも感じられるような極めてユニークな音楽だった。彼らは録音も行ったが、90年代の半ばまでには解散状態になっており、96年にBEAUTIFUL JOE レコードのケルティック・ミュージックのコンピュレーション・アルバム用にウェールズのトラッドを演奏するようにと誘い受けた事がきっかけになって、新たにバンドを組み直したのが、このファーンヒルなのである。ファーンヒルという名前は、ウェールズの大詩人ディラン・トーマス(1914-53) の詩集の名前から付けたものだという。ファーンヒルの結成時には、上記の3人に加えてハーロー(ロンドン北西部)出身のボタン・アコーディオン奏者、アンディー・カッティングANDY CUTTINUNGも参加する事になった。アンディは、ハーディー・ガーディーを中心にした強力なトラッド・ダンスミュージック・バンドのブローザベラBLOWZABELLA に参加した事で広く知られるようになった人で、彼の参加したブローザベラのアルバムには『VANILLA』  (英SPECIAL DELIVERY SPDCD1028,'90) などがある。また彼はファーンヒル結成後も並行して、女性ボタン・アコーディオン奏者のキャアレン・トゥイードとのデュオなど多彩な活動を続けている。例えば99年にはキャアレンも含む4人のグループ、トウ・デュオズ・カルテットTHE TWO DUOS QUARTETの一員としてアルバム『HARF AS HAPPY AS WE』(英RUF RUFCD007) を発表しているのだ。
  さてファーンヒル結成のきっかけとなったコンピュレーション・アルバムというのは一枚ではなく、次のような何枚ものアルバムがリリースされている。
・『CELTIC AIRS AND BALLADS』(英BEAUTIFUL JOE BEJOCD-13,'96)
・『THE FAIRY DANCE』(BEJOCD-15,'96)
・『CELTIC SONGS OF LOVE』(BEJOCD-16,'97)
・『FOLK MELODIES OF THE BRITISH ISLES』(BEJOCD-18)
・『ENGLISH FOLK SONGS』(BEJOCD-19)
  これらのアルバムには、モイラ・クレイグによるスコットランドの歌や、エマ・クリスチャンによるマン島の歌に加えて、ジュリー、ケリ、ジョナサン、アンディー等によるウェールズの歌が数曲ずつ収められている。これらが一時期に録音したものを複数のアルバムに分けてリリースしたのか、あるいは何度もセッションが行われたのかなどの詳細は不
明であるが、重要な事はジュリー達のトラックは事実上ファーンヒルそのものであるという事で、実際幾つかの曲はファーンヒルの最初のアルバム『Ca'nos』(BEJOCD-14,'96) の収録曲になっており、まさにこのコンピュレーションの制作と殆ど時を同じくしてグループが結成された事が伺える。
 そのファーンヒルのデビュー・アルバム 『Ca'nos』(Night field = ベッドの意味だという) はウェールズの良く知られたトラッド「Ffarwel i Aberystwyth」 で幕を開ける。ケリの弾くシターンがハープの様な音なのはウェールズのトラッドの定石だと思いきや、すぐにジョナサンのペナペナとしたクラリネットが絡んで独特の世界を展開する。そしてオーボエやアコーディオンに煽られるようにしてジュリーが歌う「Pilons I'herbe」に至っては実にブルターニュ的な血の滾るサウンドでこれまでのウェールズのバンドに無い新鮮さを感じさせた。ただしこのアルバムでは同時に「Briggs Fair」や「Banks of the Nile」といったイングリッシュ・トラッドの名曲も(勿論英語で)聴かせていた。バンドの半分(つまりジュリーとアンディー)はウェールズ人ではなくイングランド人である訳で、この辺りにもウェールズ純血ではないファーンヒルの面白さが現れている訳である。
 因みにジュリーとケリは私生活でも夫婦でウェールズに住んでおり日常会話もウェールズ語で行っているらしいが、エセックス生まれのジュリーにとってはウェールズ語は全てケリから教わったものだという。彼女は99年に『BLACK MOUNTAINS REVISITED』(BEJOCD-26)というソロ・アルバムをリリースしているが、そこでは全て英語でイングリッシュ・トラッドや自作曲をじっくりと歌っており、英語圏のシンガーとしても素晴らしく魅力的である。なおこのアルバムはダニー・トンプソン(ベース)やマーティン・シンプソン(ギター)、ナイジェル・イートン(ハーディー・ガーディー、ブローザベラの中心人物だった)といった強者達を迎えて各曲毎に斬新な処理していて、そのプログレッシブな姿勢でも大いに注目したい大傑作だ。更に蛇足だが彼女はファーンヒル結成の直前には、ナイジェル・イートン達とWhirling Pope Joan というユニークな音楽プロジ ェクトのアルバム『SPIN』(英PANIC ART PATCD20294,'94) も制作していた。
 ファーンヒルは98年にセカンド・アルバム『LLATAI』( 愛の使者の名前だという)を発表。ここでは4人の音楽密度が更に高まっていて非常に緻密なサウンドになっている。幾つかの曲では、ブルターニュ音楽とクロスオーバーしたサウンドもまた一歩進歩してより確信を持って響く。ジュリーの静かなシャウトとでもいうべきヴォーカルと、バグパイプやアコーディオンの絡みが何ともスリリングで、ブルターニュのリズムを実に巧みに同化している。勿論こうした曲でもファーンヒルの音楽はブルターニュの音楽そのものではない。それとは一味違う英国的な陰りを併せ持った全く独自のものなのだ。
 そして昨年発表されたサード・アルバムが本作『WHILIA』(TALKINGの意味)。ここでは何とジョナサンが居なくなっており、他にティム・ハリスTIM HARRIS (b)やカサンドラ・メウリグCASS MEURIG (fiddle)といったミュージシャンが参加している。ジャケット裏にある写真はジュリー、アンディー、ケリの3人だけなのでこの時点の正規メンバーはこの3人になってしまったのだろうか。しかし音楽は後退しているどころか、更にまた前進しているような印象を受ける。ウインド楽器は控えめだが、ジュリーの歌う端正なウェールズ語の歌を中心にして実にしっとりとした音楽を聞かせてくれるのだ。しっとりといってもウェールズの歌姫シアン・ジェームスのハープの弾き語りの様な世界とはまた全然違う味で、比較すればやはりジュリーの歌にはイングランドのシンガーならではの芯の通ったものが感じられるのだ。やはりまた彼女のシンギングが時にブルターニュのトラッドのカン・ハ・ディスカン(踊りの為の掛け声の様な歌で、アラン・スティーヴェルなどが良くやっている)風になったりするのも実に面白い。また本作はトラッド・ソングを数曲ずつ繋いでひとつの長い組曲の様にして聴かせるという斬新な試みも行っているのだ。トラッドのダンス・チューンをメドレーで演奏するのは盛んに行われているが、歌を繋ぐというのは実にユニークである。グループの演奏はまず全体としてスケールが一段と大きくなった印象で悠然と響く。勿論アコースティックであり、押しの強いものではないが包容力があって実に味わい深い。
 来日公演のファーンヒルのメンバーはジュリー、アンディー、カサンドラ(本盤ではゲスト扱いの様になっているフィドラー)という3人である。するとケリは脱退してしまったのだろうか? しかし、日本のステージでも必ずや期待以上の展開を見せてくれる事だろう。何故なら、過去にブリティッシュ・カウンシルの後援で、中近東やアフリカ各地を公演旅行してきたジュリーは異文化に触れて交流する(例えばスーダンのミュージシャンと共演したという)につれて、益々力強く自己の音楽を進化させてきたという事実があるのだ。彼女は言う。「私はとても楽天的なのです..私は人々が単にルーツに戻るだけではなくて(異文化との)コミュニケーションに向かう心を持っている事を確信しているのです。」
 ファーンヒルの音楽はユニークなケルト音楽であると同時に英国フォークミュージックの味わいも濃厚で、やはりワンアンドオンリーの音楽としか言いようが無い。

〔曲目について〕本作の各曲に付されたタイトルは彼らが自分達で付けたものらしく、本来の曲の名前は歌詞の中に示
されている。つまり歌詞の中に「ミュージシャンが〜を演奏する」という記述があるが、そこに出てくる名前がトラッド曲(一部は自作曲も含むようだ)の正式名である。なお同じく歌詞中に「the cyfarwydd が語る」という記述が頻繁に出てくるが、cyfarwydd とはウェールズ語で物語の語り手の事である。

(1):まさにしっとりとしたジュリーのウェールズ語の歌が何とも味わい深いが、時折入るペナペナしたクラリネットはいかにも英国田舎風で面白い。冒頭に歌われる「y sguthan」(wood pigeon モリバト) は、中部ウェールズ出身の男女3人組のトラッド・グループ、プレシィンPlethyn が79年のデビューLP 『BLAS Y PRIDD』 (英SAIN 1145M) の中で無伴奏コーラスで歌っていたバラッドだが、本盤ではその語り初めの最初の一節のみが歌われている。因みに全体の物語は「二人の少年が狩りに出掛けて木の枝に止まっているモリバトを首尾よく仕留めるが、実はそれはずっと前に死しんでいて木に引っかかっていたものだった」という内容である。続く「fe drawodd yn fy meddwl」(it crossed my mind) は、古楽的な要素を持ったウェールズのトラッド・グループ、クロムレッホCROMLECHが82年のLP 『IGAM-OGAM』(英SAIN 1243M) の中でやや異なるヴァージョンを取り上げていたが、若者が恋した娘に別れを告げて海の彼方に去っていくという内容。ここでの歌詞中に「僕は9つの波を越えて行かなければ」という箇所があり、クロムレッホ版は「僕はこれからの20年間を黒人の国で過ごすんだ」という一節で終わっている。この若者は恐らく船乗りなのだろう。
(2) と(4):アンディーのノリの良いアコーディオンのリズムに乗ってたたみかけるように歌うジュリーのヴォーカルが印象的で、ブルターニュのカン・ハ・ディスカンを思わせる。また(2) の途中入っくるカン高い管楽器の音などはまさにブルターニュのサウンドだ。(4) は途中イングランドのモリスダンスの音楽の様なノホホンとしたサウンドになるが、再び一転して濃厚なブレトン風のシンギングと、激しいアコーディオンやパイプの応酬になる..こんなユニークな展開はまさにファーンヒルならでは。
(5):冒頭にジュリーが英語で無伴奏のソウルフルなシンギングを聴かせるのは、何と近年アシッド・フォークの元祖として再評価されている米国のシンガー・ソングライター、テイム・バックレー(1947-1975) 作の「SONG TO THE SIREN」。これに続く「hoby-y-deri-dando」は勿論ウェールズのトラッドで、男女デュオのマブサントMabsant もファーストLP 『Gwerin Cymreig-Welsh Folk』(英GWERIN SYW240)で楽しく歌っていた。
(6) 最初の「beth yw'r haf i mi」(what is summer to me?) は前述のクロムレッホの上記のLPでやはり歌われていたトラディショナル・ソング。クロムレッホのものは、本盤とは異なるヴァージョンだったが、いずれにしても内容は、恋人の若者(風来坊か)が何処かへ行ってしまった事を悲しむ乙女の嘆きの歌である。このトラックのラストに鳴り響くパイプの悲しげな響きもブルターニュのトラッドを思わせる。
(7)最初の「Gwenno Penygelli」は前述のプレシィンも80年のLP 『GOLAU TAN GWMWL』 (英SAIN 1188M) で歌っていたトラディショナル・ソング。内容は財産を持った娘との結婚を夢想する独身男の歌だが、結婚式の描写で終わっているので男の夢は叶ったのだろうか。ただこの中でコックが自分の手を怪我する描写があるのは一寸不吉な気がする....続いて歌われる「yr eneth gath ei gwrthod」は、シアン・ジェームスも93年のアルバム『DISTAW』(英SAIN SCD2025) でエモーショナルな歌を聴かせくてれた19世紀から伝わる悲劇のバラッド。内容は(恐らく許されない恋人との間の)逢い引きによって身籠もった(これはシアン盤にははっきりと記述されている)娘が、親や地域社会から拒絶されて最後には川に身を投げてしまうというというやり切れない物語である。これらの二つの歌を繋ぐというのは実に意味深長だが、特に後半の悲劇のバラッドを、重苦しくうねるアコーディオンの音(あたかも地域社会の閉塞感を象徴している様だ)をバックに淡々と歌い通すジュリーは本当に見事で言葉を失ってしまう。

2001年2月25日  白石和良