なおファーンヒルに関しての基本的な事項は、彼らの最新アルバム『ウィリア』(THE MUSIC PLANT RUCD061)に添付の中川五郎氏および筆者によるライナー・ノートに記述してあるので、それを併せてお読み頂ければ幸いである(同ライナー・ノートはこのTHE MUSIC PLANTのホームページ上でも読む事が出来る)。
〔*インタビューに際しては染谷和美氏に通訳の労をお願いしましたが、以下の文責は全面的に筆者が負うものです。〕
( 2001.5.3 白石和良 )
−まず月並みな質問ですが、エセックス出身のイングランド人である貴方にとってウェールズの文化や伝統音楽はどのように魅力的なのでしょうか?
J(ジュリー・マーフィー):難しい質問だわ。私を客観的に見ている第三者に聞いてもらった方が良いかも(笑)...よそから来た人間であると同時に内側の人間でもあるという事は興味深いものです。つまり私はウェールズの外から来た人間で今はこの文化の一部になっているという訳ですが、多分私はウェールズの歌を歌う時に何か違うものを持ち込んでいるのだと思います。フォーク・ミュージックでは外の世界からその音楽に入ってきたという事はよくある事です。...私は今でもイングランド人ですし、今でも英語の歌もウェールズ語の歌と同じく歌います。今も言った通り私は少しばかり異なった視点を持ち込んでいるのだと思いますが、私にとってもウェールズの伝統はとても新鮮に感じるのです。多くの歌は私がここ8、9年住んでいる地域のもので、だから言葉も風景も今では親しんでいるものですが、私にとって新しい文化圏に移り住んだ体験の一部が音楽の体験だったという訳なのです...これで分かりますか?
−もう少し伺いたいのですが、貴方がウェールズの音楽に魅了される理由は?
J:うーん、とても情熱的なところじゃないかしら。それととても多くのスタイルの歌がある豊かな伝統です。例えばペニシアンというハープに乗せて即興で歌う形式の歌があります。私はやりませんがとても素敵なものだと思います。それから歌の中に出てくる場所や人の名前や風景は私が今住んでいるところのものなので、とても実感を持って伝わってきます。しかも昔の歌なのに歌われている場所が今も残っていたり人の名前が今でも伝わっていたりするので、コンテンポラリーな音楽としての魅力もあるのです。
〔* 注:ここでジュリーの言っているペニシアンとは、Canu Pennillion(直訳するとthe
Singing of Verses)と呼ばれるものと同じではないかと思う。これは吟遊詩人の時代から続いていると言われているハープを伴った歌の事で20世紀の最初にリヴァイヴァルの動きがあり、1934年にBalaで保存・復興の為の協会が設立されている。〕
−ところで、ファーンヒルはウェールズのグループとしては大変珍しい事にハープを入れていませんが、何か理由があるのでしょうか?
J:そう、何故なら私達の誰もハープが演奏出来ませんからね、ハハハ。...それと真面目な話、ハープの伝統と歌の伝統は別のものなのです。多くのチューンや歌はパイプの伝統から来ているのでハープの伝統とは別なのです。これが理由の一つですね。
C(カサンドラ・メウリグ):それにハープはソロ向きの楽器なのです。私のやっているもう一つのバンドでは最初にハープを多く使っていたのに結局は余り使わなくなってしまったのですが、ハープは他の楽器とブレンドさせるのが難しいのです。特にステージでマイクを通してハーモニーさせるのがとてもとても難しい。
J:ハープは存在感が非常にあるのでソロには向くのだけれど、他の楽器との折り合いは決して良くないと思います。
−今言われたカサンドラさんのもう一つのグループというのは?
C:ピギン・クリストPigyn clust という名前で、二つのバイオリンとクルース
と声とギターという編成 なんです。
〔* 注:カサンドラはピギン・クリストのリリースされたばかりのアルバム『perllan
』 (英Fflach Tradd. CD244H,'01)を日本に持ってきていたが、そのメンバーは次の通り。FFION
HAF(vo), CASS MEURIG(fiddle,crwth), IDRIS MORRIS JONES(fiddle), ENDAF AP
IEUAN(g,bouzouki), WYN WILLIAMS(g,mandola) 〕
−さて、先程のハープのソロの伝統とか他の楽器とのブレンドが難しいという事は理解出来るのですが、やはりファーンヒルを聞いた時はハープが無いのは非常に新鮮な印象を受けたのは確かです。それまで知っていたグループというのは例えばアール・ロッグAr Log (70年代のウェールズのトラッド・リヴァイヴァル の代表的なグループ)みたいなハープを使っていたものが多かったので... それから、アンディ・カッティングさんのアコーディオンもウェールズのグループとしてはとてもユニークだと思うのですが、何故アコーディオンでウェールズの音楽をやろうと思ったのですか?
A(アンディ・カッティング):うーん、そうだねぇ...ジュリーとケリ(・マシューズ)達が一緒にコンピュレーション・アルバム
(『CELTIC AIRS AND BALLADS 』英BEAUTIFUL JOE BEJOCD-13,'96 ) を作る時に何人かのミュージシャンとともに僕は招かれて参加したんだ。そしてその録音を聞いたレコード会社の人がこれはイケルのでグループを結成するように助言してくれたという訳さ。
−アコーディオンでウェールズの音楽をやる上で何か参考になるような演奏者などはいなかったのでしょうか?
A:『メギン』というCDがあって、そこには6〜7人の演奏者が収録されているんだ。
J:それはウェールズ及びウェールズとイングランドの境界地域の様々なスタイルのアコーディオン・プレイヤーを集めたアルバムなの。
〔* 注: CD『メギン』MEGIN:TRADITIONAL ACCORDION AND CONCERTINA MUSIC
FROMWALES AND THE MARCHES(英Fflach Tradd.CD212H)には次の7人のアコーディオン・プレイヤーが収録されている。JOHN
MORGAN,GUTO DAFIS, NICK PASSMORE,JOHN KIRKPATRICK,PAT SMITH,MICK TEMS,BOZ
BOSWELL,MEG BROWNING,NEIL BROWNING イングランドの代表的なアコーディオン奏者のジョン・カークパトリックも入っている事で分かる通り、これは100%ウェールズの音楽やアーティストだけで構成されているアルバムではないが、それにしてもウェールズのアコーディオン奏者を中心にした余り例のない貴重なオムニバス・アルバムであることは確かだ。なおこの盤は99年にリリースされた最近のCDであり、アンディがファーンヒルに参加した時に実際にこの盤を参考にしたなどという事はあり得ない。(あるいはこの内の何人かの演奏を以前から聞いていたのかもしれないが。)恐らくアンディは「アコーディオンでウェールズ音楽をやっている人達は他にももっといるよ」という意味でこのアルバムの名を挙げたのだろうと思う。〕
−アンディさんは今でもファーンヒル以外にも多くの活動をされていますよね。
A:ファーンヒル以外には二つの主要な活動をやっているよ。一つはクリス・ウッドとのデュオで11年やっている。とてもファンタスティックでこれが一番メインな活動だ。あと一つはトウ・デュオズ・カルテットだ。...それから他にも多くの人達とやっているよ。例えばジューン・ティバーとかケイト・ラスビーみたいなとてもポピュラーな歌手達ともね。また最近僕はティム・ハリスやマーク・エマースンとアルバムを作ったばかりだし....
〔* 注: トゥ・デュオズ・カルテットTHE TWO DUOS QUARTETとは、アンディの他、イアン・カーIAN
CARR(g),キャアレン・トゥイードKAREN TWEED(accordion), クリス・ウッドCRIS
WOOD(cello)の4人によるグループ。メンバーの内アンディはクリスと、またキャアレンはイアンとデュオの形でも活動しているのでこのグループは名前の通り「二つのデュオによるカルテット」なのだ。録音はCD『Half
as happy ase 』( 英RUF RUFCD007,'99) 等がある。なおアンディとクリス・ウッドとのデュオの方は『KNOCK
JOHN』 (英RUF RUFCD08,'99)などのCDがリリースされている。またここでアンディの言っている作ったばかりのアルバムとは『
1651 Cast a bell 』英BEAUTIFULJOE BEJOCD33,'01)というCDで、スティーライ・スパンのメンバーでもあるティム・ハリスTIM
HARRIES(double bass)と、ジューン・ティバー等と録音した事もあるマーク・エマーソンMARK
EMERSON(violin,viola,p)との3人でイングリュ・ダンス・チューンを斬新な解釈で演奏した素晴らしい作品である。〕
−それではアンディさんにとってはファーンヒルで演奏する事というのはどういう位置を占めているのですか?
A:みんなグルメだから楽しいネ(笑)...勿論音楽的にもとても楽しいよ。今、丁度ラインナップが変わっているところでケリが抜けてしまったので、トランペット奏者まで入って編成が拡大しているし。
−今後のファーンヒルの編成については最後にまた伺いたいと思いますが、さて今度は再びジュリーさんに伺いたいと思います....FOLK ROOTS誌の記事の中で貴方は、ウェールズのフォークソングはしばしばクラシック的な発声で歌われている事が多かったので自分たちはそれを変えたかったといった趣旨の事を言われていましたが、非常に興味深く思いました。ウェールズの伝統音楽ではもともと教会音楽の影響が大きいのでしょう?
J:ええ、ウェールズでは教会で歌われるコーラスの伝統はとても強固なものですが、これはフォーク・ソングの伝統とは別のものです。私がそこで言いたかったのはフォークソングの伝統についての話です。ここ30年位エステッドフォードという歌唱大会が行われていますが、これは実は大昔からあったもので、ウェールズ語の詩の創作や歌を競い合うものです。さてそこでのウェールズ語の歌は非常に伝統的ではありますが、また一面でクラシック音楽の影響を受けています。つまり出演者はトラディショナル・ソングをクラシック音楽のスタイルで歌う事を期待されているので
す。これは伝統に忠実ではありません。
〔* 注: エステッドフォードEisteddfodとは英語で直訳するとSESSION の事だが、ここで言うそれは一種のフォークフェスティバル的な形で歌を競う大会の様である。例えば1981年のEisteddfodの録音がSAINレコードから2枚組LP『DONIAU
MALDWYNA'ICHYFFINAU 』(SAIN1190R) としてリリースされており、男女トラッドコーラスグループとして知られるプレシィンを始めとするウェールズのグループや歌手の歌が収録されている。またベテラン男性トラッドシンガーのMeredydd
Evansはナショナル・エステッドフォード(全ウェールズの大会)の審査員を務めているという。〕
C:エステッドフォードの伝統はとても古くて中世に遡るものなのよ。...18世紀くらいにウェールズの音楽のリヴァイヴァルの動きが始めて出てきた時に、それを担ったのはロンドンに居た一群の人々で、彼らはウェールズのトラディショナル音楽をクラシック音楽と同等のレベルに「引き上げたい」と思ったのです。これがウェールズでのクラシック音楽的な伝統の発端なのです...
−それは、アイルランドなどで一時流行した所謂コーニーみたいなもの、つまりピアノ伴奏付きでクラシック的な発声でトラッドを歌うような事でしょうか?
C:そう、それがまさにウェールズでも行われた事なのです。18世紀に詩の伝統すらも途絶えてしまった時に、ウェールズの文化や音楽の復興の大いなる使命感に燃えたロンドン在住の人々の運動があってかなりの成功を納めたのです。しかしその時、伝統が一部歪められたのです。現地でウェールズを話している多くのウェールズ人達も復興したトラディショナルの歌に非常に関心をもったのですが、何かクラシック的というか何か退屈にも感じたのです...
−もうひとつカサンドラさんに伺いたいのですが、ウェールズでは宗教的な理由でパブで音楽を演奏する事を禁じられていたという話を聞いた事があるのですが、それは本当なのでしょうか?
C:それは一寸大袈裟ですが、ある程度は真実だと思います(笑)。つまり全ての宗派が音楽を禁じた訳ではありません。メソジスト系のような厳しいところはそうだったかも知れませんが、若い人達が行くような教会等では寧ろ音楽を歓迎したところもあったのではないかしら。
J:教会は田舎の方では大きな力を持っているけれど都会ではそうでもない、そういう違いもあります。
C:それからトラディショナル・ミュージックが賛美歌に姿を変えて生き残っていたという例も結構あるし...歌詞が変わってもメロディーが残っていたりね。
−FOLK ROOTS誌の記事の中でジュリーさんはウェールズには民族主義の過激派もいたと言われていましたね..
J:60年代の頃、アイルランドの様なレベルではないけれど我等の言葉を取り戻せという主張をして過激な事をやっていた人々がいました。決して暴力的という訳ではないにしても極く少数の過激な活動もあったし、少数派であったがゆえに悪名を着せられたという事もあったでしょう。また1970年代の頃は多くのフォーク・グループやミュージシャンにとって最も重要であった目的は、ウェールズの言葉を守れといった政治的な主張で音楽は二の次だったと私は思います。しかしその時代から20〜30年の時が経過した今日では、ウェールズはもっと広い視野からものごとを見るようになったと思います。勿論言語は重要なものですが、それは目的ではなくて音楽を作る上でのプロセスなのです。
−それでは音楽に話を戻して、BEAUTIFUL JOE レコードのケルティック・ミュージックのコンピュレーション・アルバム(上記の『CELTIC AIRS AND BALLADS 』など数枚ある)がファーンヒルの結成のキッカケとなったという訳ですが....具体的にいうとファーンヒルの最初のアルバムは、そのコンピュレーションの録音と同じセッションで録音されたという事なのですか?(実際、両者には同一のトラックが数曲入っている)
J:ええと、このアルバムね。ファーンヒルの最初のアルバムの何曲かはこのコンピュレーションの録音セッションをそのまま入れたものですが、その他は追加で録音したものなのです。
−ファーンヒルの音楽が一番ユニークだと思う点はやはりブルターニュの音楽を取り入れている点だと思います。ファーンヒル以前には、このMynediad
am Ddimというグループぐらいしかブルターニュの音楽の要素を取り入れているグループを知らなかったのですが...〔同グループのSAINレーベルからの78
年のLP『TORTH O FARA』(SAIN1137)を取り出して見せた。〕
J:(そのアルバムを見て)アーッ!彼らは今では皆テレビのプロデューサーなんかになっているのよ。
−ウェールズでは彼らは非常に有名なのですか?
J:ええ、世代によりますけれどね。
−僕はレコードでしか分からないのですが、ブルターニュの音楽の影響を受けたウェールズのバンドというとファーンヒル以外にはこのバンドぐらいしか知らないのですが...
J:ご免なさい、彼らの音楽は実はよく知らないのです。ライヴを見た事があるのだけれど大分昔の事ですし...
C:バッド・オールド・デイズね(笑)。
−ではそのバンドの事はともかくとして、ジュリーさん達はブルターニュの音楽とウェールズの音楽は近いものがあると思われているのでしょうか?言語の上ではウェールズとブルターニュは近いと言われていますが、音楽の上でその両方の要素を混合したグループはファーンヒル以外には余り知らないのですが...
J:私達は長年ブルターニュに行き来していたので、ブルターニュの音楽やダンスにインスピレーションを得てきたのです。ダンスで歌う歌などにね。
−それはつまり、カン・ハ・ディスカンですね..
〔* 注:カン・ハ・ディスカンKAN HA DISKANとはブルターニュのトラディショナル・ソングの形式の一つで英訳すると"SONGS TO DANCE" の意味である。コール&レスポンスの形式のリズミックな歌で、ダンスの 時に掛け声の様に歌われる。〕
J:そうカン・ハ・ディスカンね。『ウィリア』を聞けばの幾つもの歌の構造が(カン・ハ・ディスカンと同じく)一つの声とレスポンスになっている事が分かるでしょう。ウェールズにはブルターニュの歌と同じような構造の伝統の歌があるのです。どうして同じような形式の歌があるのかは詳しくは知りませんが、まあ従兄弟同士みたいなものでしょうね。アイルランドとスコットランドの音楽がそうであるみたいにね。
−ブルターニュの音楽を意識的に取り入れているのですか?
J:いいえ、意識的にやれば失敗するでしょう。ウェールズの言葉とブルターニュの言葉も今では(書き言葉では何となく分かるけれど)話し言葉ではお互い通じない様に枝別れしてしまっています。音楽も言葉と同じく今では別のものになっていると思いますから、意識してブルターニュ音楽の要素を取り入れるという事は間違いだと思います。私たちは自然にやっていてこういう音楽になるのです。ウェールズとブルターニュの音楽は似ているけれども全く同じでは決してありません...。
−この『ウィリア』でもう一つとてもユニークだと思う事は、幾つかの伝統のバラッドを組み合わせて一つの曲にしている事で、こういう事は他では殆ど例が無いのでとてもユニークだと思います。何か特別な意図はあるのでしょうか?
J:ウァオ、もし誰もやっていないのならば本当に嬉しいですね。他の人にも指摘されたのですが、こういうやり方は一つの新しい音楽の宇宙かもしれません。元になる歌はあるのだけれど、そこから先はクリエイティヴにやってもいいという認識で自由にやっているのです。
−たとえば最後の曲「クワント」(Chwant) はとても意味深長だと思います。これは二つのバラッドから成り立っていて、最初の歌(gwenno penygelli)は結婚したいという願望を持った男の歌で、次の歌(yr eneth gath ei gwrthod)は報われない恋による女性の悲劇の歌ですよね。この二つを組み合わせるという事は特別に訴えたい事があるのだと思いますが...
J:「クワント」は「欲望」という意味で、結婚という一つの事の二つの側面を表しているのです。最初の歌は男性の視点からのもので、次の歌は別の面を示してバランスを取っているのです。最初の歌は非常にハッピーなものです。次の歌は皆が歌っている大変有名な歌で....
−僕はシアン・ジェイムスのCD『DISTAW』 (英SAIN SCD2025,'93) で知っていました。
J:これはウェールズでは誰もが知っている歌なのですが、(私はシアン・ジェイムスについては知りませんが)通常はしかしとてもハッピーなメロディがつけられていてメジャーな曲になっていたのです。私達はそれをマイナーな曲に変えたのです。それでこの歌に親しんでいた人々でさえも始めてこの歌の本当の内容を認識したという訳なのです。それまではこういったハッピーな歌だと思われていて..〔タラッタ、タタタと陽気なメロディーを口づさむ〕
A:古い曲に新たな目を向けさせるという事はジュリーやケリのやっている良い仕事だと思うんだ。
〔* 注:シアン・ジェイムスSIAN JAMESはウェールズを代表するヴォーカリスト兼ハープ奏者の一人で、ケルティック・フェスティヴァルで来日した事もある。シアンの名誉の為(?) に書き添えておくと、『DISTAW』でのシアンの歌はハッピーなものでは全くなく、悲劇の物語を切々と歌い上げているものだ。ジュリーがシアンの録音を知らなかったのは一寸意外であった。〕
−ところでファーンヒルのレパートリーになっているウェールズの伝統歌はどのようにして集めているのですか?
J:歌によっては一般に広まっていて元々良く知っているものもありますし、またいろいろな場所で収集した歌を集めた本に載っているものもあります。例えば『トリバネ』Tribanauという歌のコレクション本があるのです。今では絶版ですが、この本は古い詞の金鉱みたいなものです。... それから時には、私達自身が(トラディショナル・ソングと)同じにような感覚で詞を書く事もありますよ。新しい事柄と古い物語を一緒にしたりしてね。現代の『トリバネ』をつくる事も大切だと思っているで自分たちでもどんどん詞を書いているのです。...私は南ウェールズ地方の言葉(方言)を身につけたのですが。
−今、南ウェールズの言葉と言われましたが、南と北のウェールズで音楽には違いがあるのでしょうか?
J:まず(歌の)言葉が違いますね。
C:地域ではなく人によって歌の解釈とか歌い方が異なるので歌の南北の違いは一般論では言えないけれど...言葉については、幾つかの単語が違いますし、発音が異なるところもあります、もちろんお互いに理解は出来ますが。
−それでは、例えばデヴィッド・イワン(ウェールズのフォーク・リヴァイヴァルの主導者的な存在のインガー・ソングライターでSAINレコードの代表でもある)とかアール・ロッグは南北どちらのアーティストな のでしょうか?
C:デヴィッド・イワンは北で、アール・ロッグは南に住んでいますね。もちろん、地域が違っても一緒に演奏しない訳ではありません。例えば最近ファーンヒルはロンドンでピギン・クリストなどと一緒にコンサートをやったのですが、ピギン・クリストは北でファーンヒルは南のバンドですね。
−カサンドラさんご自身は?
C:私は元々はイングランドの出身で今は北に住んでいるんです。
−さてジュリーさんのソロ・アルバム『BLACK MOUNTAINS REVISITED 』 (英BEAUTIFUL JO BEJOCD-26,'99 ) に入っている「AS IN THE MARKET」という曲はとてもユニークな事にパレスチナのフォークソングの一部を使用していますが、これからはファーンヒルの音楽にも中近東とかアフリカの音楽の要素を取り入れる事は考えているのでしょうか?
J:いいえ、ソロ・アルバムは私の全く個人的なもので、グループのビジョンとは別のものです。ファーンヒルとしては私達は意識的にウェールズの歌に集中したいと思っているのです。(まあ『ウィリア』にはアメリカのコンテンポラリー曲が1曲入っていますがそれは別として。)アフリカ的な要素はギターの演奏とかリズムの一部には無意識に入っているかも知れませんが...ウェールズの歌の伝統は非常にバラエティー豊かなものなので他の要素を敢えて取り入れる必要性があるかどうか分かりません。いずれにしても次のアルバムがどうなるかは誰にも分からないでしょう(笑)。
−カサンドラさんは『ウィリア』の録音で参加したのが最初だと思いますが、どのようにしてファーンヒルに参加するようになったのでしょうか?
C:私は頼まれて演奏しただけよ(笑)。
−ジュリーさん達を以前から知っていたのですか?
C:勿論。Saith Rhyfeddod (ファーンヒルの前身のグループ) の頃から良く知っていて大いに影響を受けました。あのグループがきっかけになって私はウェールズの音楽を聞くようになったのです....その後ジュリーの夫のケリと知り会って一緒に演奏した事もありました。彼はパイプを演奏したのですが素晴らしいものでした。
〔* 注:Saith Rhyfeddodを 英訳すると seven wonders(七不思議)になるが、このウェールズ語
の 発音を日本語 で表記するのは非常に難しい。無理を承知で記述すると「サイフ・プロフェット」のにように著者の耳には聞こえた。〕
−Saith Rhyfeddodの音楽はファーンヒルとはどのように違うものだったのですか?
J:そうですね..まず編成が違いました。最初はファーンヒルの様なギターは無く、変わりにシターンが入っていました。それから私とブルターニュ出身のブリジット・カーレックBrigitte Kloaregという二人のシンガーがいたのです。(彼女はその後ブルターニュに戻りました。)... 私がこのグループの録音テープをもし手に入れる事が出来たらお送りするのですが、とても入手が難しいのです。こうした組み合わせの違いが主な違いでしょうね。
C:それともっと中世音楽的なサウンドでした。
−つまり、CROMLECH (70〜80年代に活躍したグループで古楽的な音を特徴としていた)
みたいな音楽だったという事ですか?
J:いいえそういう音ではありません。CROMLECHの方はもっとアーリー・ミュージックの影響を受けていると思います。
C:私がいま中世的と言ったのは、ブリジットの声がとても特徴的でしたので中世的だと感じたのです。
J:それからもっとリード楽器やパイプの類を前面に出していましたのでフィドルなどは余り目立ちませんでした。
−ボンバルドみたいな楽器を使っていたという事ですか?
J:そうです。
−カサンドラさんに伺いたいのですが、ウェールズの伝統のフィドル・ミュージックのスタイルは他の地域と比較してどのような特徴があるのでしょうか?
C:ハーモニーを重視して多用しています。メロディよりもコード主体の演奏ですね。また演奏する人が自由に発展させられるのでウェールズの音楽は豊富なバリエーションを持っていると思います。それからアイリッシュ・ミュージックのジグやリールみたいに速く演奏する事は普通は余りない思います。
−さてこれからのファーンヒルについてですが、どのような方向に発展していくのでしょうか?
J:新しいアルバムの為の曲を今書いているの。クリスマスくらいにはレコーディングして来年にはリリースしたいと思っています...主に二つの事を考えているのですが、ひとつは地元でもっとこういう音楽を聞いてほしいと思っています。それからヨーロッパをツアーしてつくづく感じたのですが、やはりワールドミュージック・シーンというか外にもどんどん出ていきたいと考えています。
−(現在家庭の用事に専念しているという)ケリさんは当面は参加しないのですか?
J:彼は少しゲストで参加するかもしれませんが、あんまりは参加しないでしょう。
−でも、次のアルバムの録音には加わるのですよね?
J:もちろん、それは確実です。
〔* 注: やはりケリは脱退したのではなくあくまでも一時休業しているという事なのだろう。〕
−それでは、新しいメンバーについては?例えばティム・ハリスなんかは加わるのでしょうか?
J:ええ、私達は既に彼とは一緒に演奏しているのです。3月の最初にイタリアで行ったライヴでは彼も参加してダブル・ベースを演奏しました。それからトランペットも加えて私達はフル・モンティ状態だったのよ...つまり6人組というわけ(笑)。
−ジュリーさんはソロ・アルバムではこれからも主に英語の歌を中心に歌っていくつもりなのですか?
J:ええ、今新作を作っているのよ。そう、英語が主体ですよ。... それから今後の私の新しい別プロジェクトの多くはフラク・トラッドFflach
Tradd. レーベルからリリースされるでしょう。例えば私の歌とダラン・ファウラーのアコースティック・ギターだけで、ポルトガルのファドのようにウェールズの伝統の情熱的な歌を歌ったものとか...
。
〔*注:ダラン・ファウラーは上記のジュリーのソロ『BLACK MOUNTAINS REVISITED
』にも参加していた(acoustic guitar,mandocello)。なお彼の名前はDylan Fowlerだが著者の耳にはジュリー言い方はディランというよりもダランに聞こえた。〕
−それはほんとうに楽しみですね。
〔付記〕予定の1時間はあっという間に過ぎてしまった。本当はアンディにもブローザベラの事を始め聞きたい事がまだまだあったし、またカサンドラにはウェールズの伝統楽器についての話なども聞きかったのだが...欲を言い出せばキリがないが、ともあれ以上の様な興味深い話を聞く機会を作って下さったファーンヒルと関係者各位に深く感謝したい。最後に穿った推測かもしれないが、インタビュー後改めて思った事を書き留めておきたい。それはジュリー達が今後もっと関係が深くなってくるらしいFflach
Tradd. というレーベルについてなのだが、このレーベルに集うアーティスト達は、ウェールズのトラッドの昔からの中心勢力であるSAINレコードの一派に対する、いろいろな意味での一大新興勢力なのではないかという事である。SAIN一派に対抗しているなどといえば間違った見方だろうが、アール・ロッグなどの70年代のヒーローはともかくとして今日の代表的なアーティストの一人であるシアン・ジェイムス(言うまでもないがアール・ロッグもシアンも皆SAINのアーティストである)の音楽にジュリー達が余り関心がなさそうなのも何か興味を引かれてしまう点である。そもそもSAIN
の一派こそはジュリーが言っていたような、(ある意味では音楽以上にも )強固な民族主義的な主張(「ウェールズ語と文化を守れ」)を70年代から続けてきた人々の筈で、そういう点でもジュリー達の思考は彼らとは一寸相いれないのではないかと邪推してしまうのだ(念の為に書くと、シアンなどSAINレコードのアーティスト全員がガチガチの民族主義者という訳では決してないが)。いずれにしてもジュリー達の今後の活動は、彼女達自身の音楽への興味
は勿論だが、それを越えて文字通りウェールズの音楽の新しい展開としても興味は尽きないのである。彼女達のクリエイティヴな活動を大いに期待したいものである。
写真提供:白石和良
写真掲載順
1. ピギン・クリスト (アルバムジャケットより)
2. Beautiful Joe のケルティック・コンピュレーションCD
3. CD『メギン』
4. Mynediad-am-Ddim(アルバムジャケットより)
5. アール・ロッグ (アルバムジャケットより)
6. cromlech(アルバムジャケットより)
メンバーのスナップ写真も白石氏によるものです。