| <曲目解説 BY FLOOK>
私たちの最初のスタジオ・アルバム『フラットフィッシュ』から3年経ち、その間私たちは世界中で大変な冒険をすることができた。『ルーバイ』はその旅と成長の物語を、曲作りと旅の途中で集めた音楽の形で記したようなものである。
POD
BALDY HOLLOW
われらが「愚しげな障害を持った」フルート奏者のためにセーラが書いたジグ。ボールディ・ホロウは実際にはオーストラリア・アルプスのホタム山頂にある、ひじょうに風光明媚な場所だ。2001年初めの〈オズ〉の国のツアーの際、私たちはオーストラリアの私たちのエージェント、メアリのヴァンでホタム山の頂上を征服することに成功した。私たちは車を駐め、「リトル・ボールディ(禿ちびまたはかわいい禿)」と書かれた道路標識の脇に立つブライアンの写真を撮ったのだが、再びツアーにもどろうとした時、ヴァンはそれ以上動くのはおもしろくないと決めこんでしまった。救出されたのは3時間後……禿頭を持つ皆さんの呪いが集まったのだろう。
THE EMPTY POD
また別の叙事詩的旅の間にブライアンが書いた。こちらはハルフォーズのルーフ・ボックスがからんでいる。おそろしく長い英国ツアーに出発しようとした時、移動中のスペースに余裕を持たせるため、私たちの楽器を入れてエドの車の屋根にくくりつけるためのプラスティックの箱を買うことにした。バーミンガムからアバディーンまでの438キロにおよぶ箱の処女旅行の際、われらがサウンドマン、キャプテン・スティーヴィーがバースからやって来た時、彼はなんと鍵を忘れていたのである。フォード・エスコートに5人詰込まれての438キロは長い道のりだ。頭の上に空のルーフ・ボックスがあることに耐えねばならない時、この道のりはさらに辛くなる。スティーヴィーはまたディーゼル・タンクとステレオの鍵も忘れていた……かくて曲を書く静寂と時間があったというわけだ。
BALLYBROLLY JIGS
THE NOTH STAR
ブライアンのこのジグのタイトルはサウサンプトンにあるすばらしい古いパブにちなんでいる。ここには私たちの友人のジョック・タイデルスリィがその友人のジェイミーとごく最近まで住んでいた。ジョックはひじょうに冷静なタイプの男で、〈北極星〉に滞在すると私たちはとても温かい気持ちになったものだ。
THE GHOST OF BALLYBROLLY
この曲に関しては、アーマーの郊外3マイルにあるバリィブロリィの町の怖い話がある。話はブライアンの父親ジムが十代のころに遡る。かれの友人たちは土曜日の夜になるとお楽しみとして、ジムに長く白い寝巻きを着せて。それからメインの街道沿いのある生け垣の陰で、酔払いが寝ぼけ眼をこすりながら町から帰ってくるのを待伏せる。車がその丘にさしかかって登ってくるのを見計らって、ジムがヘッドライトの光線の中に浮かび上がり、急ブレーキでタイヤが悲鳴をあげる中、道の反対側の生け垣に消えるのだ。この道の一角にどれほどたくさん聖水を播いても効果はなく、幽霊が二度と現れなくなったのは、ジムが地元のダンスホールに行ける年になってからだった。
MULINEIRA DE SANTALLA D'OZCOS
サンタラ・ドスコスのムリニェイラこのセットの締めくくりはすばらしいアストゥリアスのグループ、フェルペユから習った、伝統曲のムリニェイラ(ジグ)である。このムリニェイラはサンタラ・ドスコスというアストゥリアス西部、ガリシアとの州境に近いオスコス郡の小さな町の産である。
BEEHIVE
THE BEEHIVE
シェフィールド近くのあるフォーク・クラブにちなんでセーラが書いたリール。ここでセーラは旧友でベアリー・ワークス以来の音楽的パートナーであるクリス・トンプスンと記憶に残るコンサートをしたことがある。
POON HILL
このセットの2曲目はマズとスプーナーというすばらしいカップルのためにブライアンが書いたもの。二人は西オーストラリアのバンベリィに住んでいる。ブライアンが二人に会ったのはネパール・ヒマラヤのアンナプルナ地方をトレッキングしている時だった。プーン・ヒルはゴラパニの町から1000メートル登ったところにあり、東のブータンの上に昇った朝陽がアンナプルナ山塊を照らし出す、ひじょうに劇的な景色が見られる場所だ。この景色は凍りつくような寒さの午前4時に起き、真っ暗な中をまだぐっすり眠ったまま1時間、酸素もなく、突拍子もない動きをする腹を抱えたまま登るだけの価値があるらしい……いや、すばらしいクラック(お楽しみ)に聞こえる。
VLADIMIR'S STEAMBOAT
アメリカの偉大なフィドラー、ジェイ・アンガーがソースのオールド・タイム・フィドル・チューン。私たちはこの曲をエドから習い、エド自身はまたトーラ・カスティとミレラ・マレィ、エニスとゴールウェイ出身の目覚ましいアイルランド人ミュージシャンから習った。ジェイ・アンガーはこう言っている。
「この曲を書いたのはフィドル・フィーヴァーというバンドにいた時だ。バンド仲間のマット・グレイサーが、買おうと思っているんだがぼくがどう思うか知りたいというので一丁のフィドルを貸してくれた。メーカーの名はラディスラフといった。そのフィドルはユニークなサウンドと感触を持っていて、弾きはじめて1時間しないうちにぼくはこの曲を書いていた。だけど、タイトルは思いつかなかった。やがてぼくらはこのまだタイトルのついていない曲を録音することにした。その時のアレンジはモリーの低いアルコ・ベースの音から始まっていて、その音を聞くと蒸気船の汽笛を思い出した。フィドルのメーカーの名前とモリーのベース音をタイトルに入れようとして、ぼくは曲に『ウラディミールの蒸気船』というタイトルを付けた。メーカーの名前をなんともひどく間違って覚えていたんだな。後でマットがメーカーの名前は本当はラディスラフだと言ってくれたんだが、その時にはもうレコードが出てしまっていて、タイトルも定着してしまってたんだよ」
GLASS
GLASS POLSKA
この愛らしい曲はスウェーデンのアーレ・メッレルの想像力の産物である。彼はこの曲を「馬とクレーン」というスウェーデンの戯曲のために作曲した。この劇は寒さ厳しいスウェーデン北部でのかつての厳しい生活と、鉄道の建設とともにそこへ新しい時代と考えが到来する物語を語る。「ガラスのポルスカ」は2頭の動物があらわす男と女の間の「愛のテーマ」だ。この曲を伝えてくれたカナダ出身のフルート奏者ジム・グッドに感謝する。
GD's
HOOPER'S LOOP
この短いイントロは聞けばおわかりだろう…
PRESSED FOR TIME
この強力な3パートのパイプ・リールはライヴで演奏するには最適の曲で、時にはもう1セット予備の肺と2本の舌が必要になる。もてるものを全て出しきらないと演奏できない曲だ。書いたのはスコットランドのパイパー、ゴードン・ダンカンで、彼のアルバム
THE CIRCULAR BREATH(循環呼吸法)に録音されている。ここではマーク・タッカーのエレクトリック・ボウ・ギターがフィーチュアされているが、『ルーバイ』の録音過程全体を魔法の糸で結びつけてくれたのはこの男だ。
GRANNY
GRANNY IN THE ATTIC
セーラのすぐ下のフラットの改修工事で、新しいオーナーたちがセーラにも関わることを勝手に決めるという大騒ぎの最中にセーラが書いた曲。腹が立っている時に最高に幸せな曲ができるのには笑える。セーラはこの曲をアレンばあちゃんに捧げている。97歳だが、オーストラリアのシドニーでいまだに一人で(屋根裏というのは気にしないこと)住んでいる。このセットでロリィ・マクラウドが加わってくれたのはとても嬉しい。彼のトロンボーンを聞くと、顔がほころんでしまう。
BLUE BALL
ブルー・ボールはセーラの子どもの頃の大部分、もう片方の祖父母が住んでいた美しい古い家の名前だ。この家はデヴォンのペイヘンバリィ近くの農村地帯にあり、子どもの頃の夏休みのとても幸せな思い出がたくさんつまっている。
THE FALSE PROOF
この曲はベルギー出身のフルート奏者ジョワン・メルククスから習ったジグで、彼とは今年のはじめにオランダで会った。ジョワンはイルマというバンドで演奏していて、私たちはこの曲を彼から習って十日後に『ルーバイ』用に録音した。いささか興奮させられるので無視できない曲に遭遇することも時にはあるのだ。
ROSSBEG
SUAIMHNEAS INTINNE
この曲はブライアンがセーラのために書いたもの。アイルランド語のタイトルの意味は「静かなこころ」で、その伝えたいものは音の中にこめられている。
ROSBEG
ロスベグはドニゴール西部の海の中の小さな鄙びた村で、時の中に凍りつき、本土とはいまだに昔のままのやり方でつながっている。この曲は、そこに住み、長年〈タガーツ・ハウス〉に通っているすばらしい人びとを讚えて書かれた。
LARRY
KALAMANTINOS
アメリカン・カフェ・オーケストラの EGYPTIAN DOMINO
のアルバムから習ったギリシアの伝統曲。ジョン・ジョーがフルックの録音での演奏の層に踏込んできたのはまさにこの時で、エドが新しいオークウッドのマンドリンでくわわっている。
LARRY GET OUT OF THE BIN
ニューマーケット近くのバードウェル一家と住むラリィという名の、かつてアイルランド・チャンピオンにもなったグレイハウンドのためにセーラとブライアンが書いた曲。ラリィは引退後の生活の大部分を頭をゴミ箱に突込んで過ごしており、今では称号をフルで呼ばないと応えない。
ELZIC'S FAREWELL
これもアメリカン・カフェ・オーケストラのフィドラーたちから習った。
NATTERJACK
RAMNEE CEILIDH
このいかしたリールはクロフトNo.5というバンドの演奏から見つけた。書いたのはハイランド・パイプの作曲と演奏の名手ゴードン・ダンカン……かのGDのお方である。
NATTERJACK'S REEL
マンチェスター出身の若く輝かしいフィドラー、コリン・ファレルとはもうすっと昔から何か一緒にやりたいと思っていた。だから、コリン自身の作品を含むリールのセットを録音するのはチャンスとしてはこれ以上のものはなかった。かれはこの曲のタイトルをアイルランドのキラーニィにある有名なセッション・パブにちなんでつけた。コリンの名誉のためにいっておくと、このセットの最初と最後のリールを私たちと一緒に演奏したのは、スタジオに着いたその朝が初めてだった。最高な男だ。
CONLAGH'S BIG DAY
で、その最後の曲は……ブライアンが甥のコンラーのために書いたリール。小さいがたいしたキャラクターで、最近アーマーで洗礼式を祝った。
これはバンドの公式サイトに掲げられている各曲のコメントを翻訳したものである。原文は下記にある。http://www.flook.co.uk/rubai.html
2002年皐月 大嶋 豊 |