FLOOK INTERVIEW 2006

−他に類の無い素晴らしいグループ、フルックの大ファンとしてインタビューする機会を得てとても光栄です。
 新作アルバム『ヘイヴン』や昨日の素晴らしいライヴ・ステージを聴いて、何故フルックが長年メンバー・チェンジをしないかが少し分かった様に思います。貴方達の音楽は最初から、とてもユニークで高度なものでしたが、最新の演奏を聴くと、非常に密度が高くなっていて、全員のユニークな演奏が有機的に絡み合っている。つまりメンバーの1人でも他のミュージシャンと交替すればフルックの音楽ではなくなってしまう様にすら思えます。例えて言えば1960年代のオリジナル・ペンタングルがようであった様に...

E(エド):ありがとう。ところでペンタングルと言えば、奇しくも僕たちが『ヘイヴン』を録音する直前に同じスタジオ(デヴォンのPRESSHOUSEスタジオ) で現在のペンタングル(ジャッキー・マクシーズ・ペンタングル)が録音していたんだよ。〔クレジットを確認してみるとジャッキー・マクシーズ・ペンタングルの05年の最新作『FEOFEES'LANDS 』が確かに同スタジオで録音されていた〕

−そうだったんですか。それでは、まずセーラさんに質問です。貴方はクラシック・フルートとアコーディオンという全く異なった楽器を演奏する類の無いミュージシャンですが、往年のベアリー・ワークスの時代はどちらかと言えばアコーディオンが主体であったのに対して、現在のフルックでは逆にフルートの方を主に演奏していますね。この変化には何か理由があるのでしょうか?

S(セーラ):私はいつでもフルート・プレイヤーだったのだけれど、カレッジ在学中にストリート・ミュージックをやりたくなったのよ。それでアコーディオンを始めてハッピー・エンドというバンドのオーディションを受けて仕事を得た。上手くはなかったけれど女性アコーディオン奏者としてね。そして、そのバンドと同じ人達がベアリー・ワークスを始めたというわけ。彼らは女性アコーディオン奏者を欲しがったので、私はティキ・ティキ・ティキ...というとてもベーシックな演奏をしたのよ(笑)。皆は私をアコーディオン・プレイヤーだと思っているけれど、私は最初からフルート・プレイヤーだった。その後次第にフルートの演奏が多くなっていって、ベアリー・ワークスの後に参加したビッグ・ジグではフルートをもっと吹いたし、今のフルックではフルートの方を主に演奏していて例えば昨夜のステージでもアコーディオンは2曲だけだったわ。つまり、私はアコーディオンを弾くのも好きなフルート・プレイヤーなのよ。

−なるほど、カレッジではクラシック音楽を勉強してフルートを吹いていたのですね?

S:そう。カレッジではクラシックを勉強して音楽の学位を取ったわ。フルートというより音楽の歴史を勉強してね。

E:彼女はオックスフォード出なんだよ。

−それは凄いですね。ベアリー・ワークスでは他にも管楽器奏者が沢山いたので、セーラさんにはアコーディオンを弾いて欲しかったのでしょうね。でも今では本来のフルートを主体に演奏していると。

S:その通り。

−貴方が現在主に演奏している金属のアルト・フルートは、通常はクラシック音楽の楽器でアイリッシュ・ミュージックでは普通使いませんね。私の印象では、貴方の演奏するこのフルートの音は、とても落ちついたニュアンスの豊かなサウンドですね...

S:アハハ、有り難う。自分ではそうは思わないけれどね(笑)。

−しかしやはりアイリッシュのウッド・フルートとはひと味違うユニークな音だと思います。貴方自身ではこのフルートでアイリッシュやスコティッシュの音楽を演奏する上でのメリットをどのように考えているのでしょうか?

S:私はアイリッシュやスコティッシュのトラッド音楽ではなくクラシック音楽の中で育ったので、無理やり自分のバックグラウンドにないアイリッシュをやっているふりをするつもりはないの。金属のフルートをこのバンドで使っている事について人からはいろんな意見を言われるけれど...フルックには最初3人のフルート奏者がいたのだけれどトラッドの速い演奏をするフルート・プレイヤーが他に二人いたので、私はその下に潜って下の音の方をカバーするようにアルト・フルートを吹き始めたの。

−なるほど、単純な質問ですが、演奏者からすると、クラシックのフルートとアイリッシュ・フルート(ウッド・フルート)とはかなり演奏法が違う楽器なのでしょうか?実際、セーラさんはウッド・フルートは演奏しないですよね。

S:ほとんどは似ているけれど...指遣いはほとんど同じだけれどもキーの有無の違いなどね。...私は小さな尺八は演奏するけれど大きなウッド・フルートでは指が届きにくいので難しいわね。

−セーラさんとブライアンさんに伺いたいのですが、お二人ともいろいろなフルートを吹きますが、最近の曲では特に、セーラさんのアルト・フルートとブライアンさんのホイッスルという組み合わせが多い様に思います。この組み合わせを特に好まれる理由は?

B(ブライアン):うーん、僕はフルートよりもホイッスルを吹く方が好きで自分でもフルート・プレイヤーとしてよりホイッスル・プレイヤーとしての方がベターだと思っているんだ。曲のほとんどもホイッスルで作っているんだよ。でも今新しいDフルートを手にいれたところで、とても興奮しているんだ。だからまたフルートに戻るかもしれないけれど、ここ数年は演奏でも曲作りでも完全にホイッスルに集中していたね。まあ、僕は単に怠け者なので一つの楽器に集中しているだけと思っているんだが(笑)。

E:僕はブランアンがDフルートをまた始める事に異を唱える訳じゃないけれど(笑)高音のホイッスルと低音のアルト・フルートの組み合わせはとても良いと思うね。

S:でも同じ組み合わせの曲が多すぎるかもよ!

E:『ヘイヴン』の最後の曲は大きなBフラット・フルートとアルト・フルートのユニゾンだった。同じようなパターンの曲ばかりでは聴き手の興味が萎えてしまうからね..

−ところで、お二人が二つの管楽器を演奏する時は、普通は単純にユニゾンで演奏している訳ではなく、また所謂カウンター・メロディーを吹いている訳でもないですね。私の印象ですが、基本的には(互いに少し異なってはいるけれど)同じテーマを少しずらして掛け合うように演奏する形が基本なのではないかと思います。これはジャズで言うチェイスというものに近いのではないかと思うのですが、そうしたジャズの音楽などもアイデアの基になっているのでしょうか?

B:僕たちは、計画的にやっている訳ではなく、ただナチュラルにスポンティニアスに演奏しているだけなんだよ。例えばセーラは低音で演奏しているけれど、それは僕たちが意図的に決めた事じゃない...

S:でも多分、私達がやっていることはジャズから来ていると思うわ。何故なら普通のアイリッシュ・バンドでは皆が一緒に演奏するだけなので、余りハーモニーを使わないし、インプロヴィゼーションのパートも多くないでしょう。つまり私達のやっていることは伝統音楽から来ているのではないわね。

B:うーん、そうかなぁ...

E:僕たちがリハーサルをしない事は確かだ。新しい曲はサウンド・チェックの時に、ブラアンが主にメロディーを演奏して、そしてセーラが自分のパートを演奏して、っていう具合に皆が(自然に)自分のパートを演奏して曲にしていくだけなんだよ。

−ブライアンさんとセーラさんが、お二人がテーマを吹く時、それぞれ自分の崩しかたでやっていて今のスタイルになるのでしょうか?ブライアンさんが先に吹いてセーラさんが僅かに遅れて吹いている様ですが...

S:それは、多くの曲がブライアンからのものなので、私はブライアンの吹くメロディにハーモニーやベース・ラインを付けていくのよ。

−ステージでのお二人を見ていると演奏しながらアイ・コンタクトを取っていますね。演奏のピークで、どこまでやるかと合図し合っているみたいですが...

B:僕たちはひとつのユニットとしてやっているんでコミュニケーションが必要なのさ。必要な時以外はお互いを見ていないバンドなんてまるで機械みたいだよ。

S:私はずっとブライアンを見ているのよ。ブライアンは目を閉じて演奏している事が多いので「こちらを見て!見て!」と語りかけながらね(笑)。               
B:僕がしょっちゅう目を閉じているって?そんな事はないよ。君だって目を閉じて演奏している時があるじゃないか。

E:昨夜は僕たちが6週間ぶりに演奏した夜だった。これはもっとも長い休暇だね。11月の最後のギグ以来、僕たちは会わずに別々の事をやっていたんだ。ブライアンはオーストラリアで別のバンドと演奏していたし、僕はエチオピアやオランダに行っていたし、セーラはカナリア諸島で休暇を取っていた。ジョン・ジョーも...昨夜は久々に皆が再会した特別な夜だったので、ブライアンとセーラもいつも以上にコミュニケーションを取っていたんじゃないかな。

−なるほど。                                  
E:その辺まで観客に見えてしまうところが、昨夜のような小さな会場の良いところかな。大きな会場ではもっと大げさに動かないと分からないものね。

S:小さな会場の方が聴衆とのコミュニケートもやりやすいわ。

−それに小さな会場の方が聴衆にとっても音楽により集中出来ると思います。
さて、次にエドさんに聞きたいのですが、貴方はジョン・ジョーと共に強力なリズムセクションを担当されていますが、単にソリッドなリズムを刻んでいるというのではなくとても音楽的でエモーショナルですね。言葉を替えて言うとまるで歌っているみたいで..

E:有り難う。人々が聞きながらどの様に感じているのかは分からないけれど、僕としては素晴らしいパーカッショニスト(ジョン・ジョー)が相手なのでチューニングがずれないように気をつけながら思いのままに演奏しているだけなんだ。                  
−歌うように演奏するベーシストのダニー・トンプソンに同様な質問した事があるのですが、ダニーは「メロディック・アプローチをやっているんだ」と語っていました...

E:ダニー・トンプソンは偉大な人だね。エンジニアのマーク(・タッカー)に聞いた話なんだけれど、ダニーはダブル・ベースを教えてくれというミュージシャンに対して、ひとつの指で一番下のFの弦を押さえてボンと弾いて「この音が出せれば良いんだ」と言ったそうだよ。つまりダブル・ベースはオープン弦で弾くのは楽なのだけれど、一番低い弦を押さえて良い音を出すのは難しい。その音を出す意気込みで一つ一つの音を弾けばよいと教えたという話なんだ。

−伺おうと思っていたところですが、エドさんはフィンガー・ピッキングでのスローな曲はもちろんのこと、ピックを使った早いダンス曲でも一つ一つの音がとてもクリアーですね。丁度今の話のダニー・トンプソンの様に。これはそのように心掛けているのですね?

E:有り難う。その通りなんだ。

−エドさんみたいにフィンガー・ピンキングと、ピックを使った演奏と両方を達者にこなすギタリストは珍しいですね。どちらが貴方の元々のスタイルなのですか?

E:最初はフィンガー・ピッキングをやっていたんだ。(僕のもともとの手本はピエール・ベンスーザンなんだけれど)僕はベンスーザンみたいに上手くは弾けないけれどね(笑)。ピックを使うようになったのはアイリッシュ・ミュージックをやり始めた時で、これを使うとより快適と感じた訳だ。つまり、どちらかと言うとピックの無い方が本来なんだ。

−エドさんのフルック以前の音楽をよく知らないの教えて欲しいのですが、特にフルック以前にやっていたレッド・シエルRED CIELというバンドはどういうものだったのですか?

E:レッド・シエルは、バンジョー奏者と、ギター奏者の僕、そしてバウロン奏者によるトリオだった。バンジョー奏者はアイルランド系の二世でとてもトラディショナルだったね。バウロン奏者は悲しい事にその後亡くなってしまったのだけれど、彼はもっとワルード・ミュージックとか、パンクとか、レゲエといった異なったバックグラウンドを持っていたよ。そして僕はイングリッシュ・フォークとかビートルズとか、あと少しばかりクラシックのバックグラウンドを持っていたんだ。僕たちはマンチェスターでのセッションからバンドをスタートさせたんだ。僕たちの演奏仲間には、シャロンという女性シンガーや、素晴らしいギター/アコーディオン奏者のティム・エディ(現:ルナサ)なんかもいたんだがまだとても若かったね。僕たちのセッションは BBCラジオ・ワンのカーショーの番組で認められた事もあったんだよ。

−どんな曲をやっていたのですか?

E:オリジナル・チューンとトラディショナルで、ホーンパイプとかジグとかリールをやっていたし、幾つかは歌もあった。実は僕自身も3曲ほど歌っていたのだけれど、これはヒミツ事項なんだ(笑)。

−ええっ、それは興味深いです!貴方は良い声をしていますからね。

E:ハハハ、そんな事はないけれど...興味があれば手元に残っているアルバムを送るけれど、他の人には聞かせないようにネ(笑)。

〔 (附記) このインタビューの後、エドの厚意によってレッド・シエルのアルバム『JUMP TO THE SUN 』を実際に聴く事が出来たのだが、印象を例えて言えばフォー・メン・アンド・ア・ドッグを一寸思わせるようなユニークでノリの良いバンドであった。ここでのメンバーは、エドのほかJOHN VAUGHAN-PRICE(bodhran,tabla) 、PATRICK McDAID(banjo/bouzouki)で、ほかにゲストとして、マイケル・マックゴールドリック(flute) やDEZI DONNELLY (fiddle)なども参加している。トラッドや自作のダンス・チューンが多いが、"RUN JOHNNY RUN"(trad./Driftwood) ではなかなか味のあるエドのヴォーカルが聞けたのだった。〕

−ところで、今、クラシックのバック・グラウンドもあると言われましたが、エドさんもクラシックを勉強していたのですか?

E:そう、僕は学校でピアノとオーボエをやっていたんだ。始めたのはどちらが先か忘れてしまったけれど、ピアノの方がベターだったね。学校では二つの楽器をやらなければならかったのさ。

−それでは、どうやってギターを始めたのですか?

E:ギターは常に楽しみで弾いていたので正式に勉強した事はないよ。聞いてわかるだろうけれどね(笑)...父親がクラシック・ギターを弾いていたし、基本的なコードぐらいはレッスンを受けて教えて貰った事はあった。それにピアノと違ってギターは旅に持っていけるし、バンドで演奏するにも適した楽器だしね。だから僕は大学時代にギターを弾きはじめたんだ。

−さて、ブライアンさんに伺いたいのですが、(これはバンドの全員の演奏にも感じる事なのですが)特にブライアンさんの演奏には、圧倒的な名人芸と軽やかさが同居している印象です。やはり自然体での演奏を心掛けているのでしょうか?

S:実際、ブライアンにとってはあの演奏は楽勝なのよ(笑)。

B:そんなに大変な思いをせずに今演奏出来るようになったのは、このバンドの皆がいるからなんだ。条件が揃っている。メリハリがあってリズムもしっかりしているし、アルト・フルートなどの音の違いから織り出されるテクスチャーとか、そういった僕の好きな要素に乗れるので、他のバンドでは自分の力を40、50%しか発揮出来ないのに、このバンドでは110%も発揮出来るし、またそうしなければ皆について行かれない。そうやってきたので、ここまでやってこられたんだ。

−ブライアンさんは、自身にとって重要なミュージシャンとしてマット・モロイの名前を挙げていましたね。貴方とスタイルは違うけれど、マットもやはり110%の力を出しきった演奏をしますね...

B:知っての通りマット・モロイはアイルランド音楽を完全に変えてしまったんだ。彼は僕の音楽人生に多大な影響を与えているよ。彼以前には、スライゴー・スタイルとかダブリン・スタイルとか北のスタイルとかいろいろのフルートのスタイルがアイルランドにはあったのだけれど、マット・モロイはいずれのスタイルでも演奏しなかった。彼は全てのスタイルで演奏したし、自身の独自のスタイルで演奏したんだ。それぞれの世代でフルートのスーパー・スターはいるだろうが、(マットの登場から)25年たった今でもマットのレベルに達している人はいないと思う。マット並のウッド・フルートでの変革を現代でやり遂げている人がほかにいるとしたらブルターニュのショーン・ミッシェル・ヴェイロンぐらいかな。マイケル・マックゴールドリックのような若いプレイヤーは素晴らしい新しい事をやっているけれど、でも技術的には誰もマットには敵わないと思う。マットは頭で考えてやっているのでは全くなくて、音楽に憑かれたように演奏していると言うか、それがなけれ生きていけないようなという状態と言うか...僕たちフルックも演奏の途中でこのような感覚を味わう時があるんだ。

−それは良く分かります!フルックの演奏が絶頂に達した時、貴方達が演奏しているというより音楽そのものが止まらなくなっているように感じる事がありますから。
  さて、この新しいアルバムの『ヘイヴン』ですが、素晴らしいと思う事の一つは、例えば"THE MOUSE IN THE KITCHEN"や"TIR RAFATAIGH" のようなトラッド曲がフルックらしいプログレッシブな演奏でありながらトラッドの心地よさが十分に感じられる事なのです。フルックはスペインからスカンジビアの音楽までいろいろな音楽を演奏してきましたが、そうした経験を踏まえた上で、アイリッシュやスコティッシュを演奏すると、自分達にとっても新しい視点や異なったアプローチで演奏出来るという事はあるのでしょうか?

E:もちろんだよ。アストゥリアスやスカンジナビアの音楽はそれぞれのフレーバーを持っているしね。

−それらを演奏した経験は、アイリッシュやスコティッシュの演奏にも影響を与えていると?

B:フルックの4人が異なったバックグラウンドを持っているし、実にユニバーサルなバンドなのはその通りだけれど、だからと言って僕はアイリッシュ・トラッドに戻って演奏をする時は、それらの音楽に特別に影響を受けているとは思わないね。

S:そう?貴方のその意見は興味深いわね。私はフルックはいろいろな音楽のルツボみたいなものと思っているわ。

−ところで、『ルーバイ』や『ヘイヴン』のアルバムでは様々なバンジョーとかコラとかトロンボーンなどなど様々な楽器のミュージシャンをゲストに迎えていますが、一方ライヴでは基本的にメンバーだけですね。(もちろん聞き手としては圧倒的なライヴ演奏に何の不満もないのですが)スタジオ・アルバムとライヴの音楽を別のものとして考えているのでしょうか?

S:もしも、ライヴの時にバンジョーやトロンボーンの奏者がいたらステージに呼ぶでしょうね。出来るものならばライヴでもいろいろなミュージシャンとやってみたいけれど。...アルバムを作る時はミュージシャンを集めて、よりスケールが大きくて、よりスムーズなリアル・ミュージック(笑)をやっているのよ。

B:スタジオで録音するのはとても楽しいな。いろいろなミュージシャンと共演出来るしね。

S:そう、スタジオでは私達の音楽の可能性を追求しているのよ。

E:ライヴとCDとは別のものなんだ。中にはスザンヌ・ベガみたいにCDと全く同じライヴをやる人もいて、彼女のライヴを見た友達は「レコードと全く同じだ」と感激していたけれどね(笑)。ライヴとCDのどちらを好むかは人それぞれで、例えばライヴのエネルギーが好きでCDは死んだ缶詰音楽だと言う人もいる。(まあ、僕たちのCDがそう感じられない事を願っているけれど。)僕もライヴに行くのが好きだね。それは特別な事だからだ。

−フルックはこれまでもシンガーのバックで演奏した事がありましたね。特にカーラ・ディロンとか。シンガーのバックで演奏する事に関心は?

S:時にシンガーのバックで演奏する事はあるけれど、シンガーをバンドに加えるつもりは全然ないわ。

E:基本的にこれまで僕達がやってきたのはシンガーの曲のバックにフルックが参加する形で、フルックの曲に歌手を入れるという形ではないんだ。まあ、将来、プロジェクト的にシンガーを迎えてやる事はあるかも知れないけれどね。

−それでは、セーラさんに単純な質問ですが、貴方がフルートを演奏する時に、しばしば片足で立って演奏するのは何故ですか?

S:アルト・フルートが重いので、体のバランスをとって音楽演奏により集中する為なのよ。

−それは興味深い答えですね。貴方はヨガをやっているというので、何かその関係かと思っていました。

S:ヨガを始めたのは後なのよ(笑)。

−先程からほとんどリサールはしないと言われていましたが、皆さんは別々のところに住んでいるので、実際に新しい曲はこうしたツアーのステージの前にやってみるのでしょうか?

S:その通りよ。サウンド・チェックの時にね。フルックは、ブライアンと私のメロディー楽器のチームと、エドとジョン・ジョーのリズム・セクションのチームの二つで出来ている。メロディー楽器のチームは、まずある程度曲を覚える必要があるけれど、その段階ではリズム・セクションのチームは入りたければ入るという感じなのよ。

−曲の選択の基準は特にないのでしょうか?やってみて上手くいけば採用すると?

S:まあ、皆が気に入る曲かどうかと言う事ね。

−最後に伺いたいのですが、フルックは最初のアルバムから自身の独立レーベルでリリースして来ましたね。セーラさんが以前に所属していたベアリー・ワークスのアルバムをリリースしていたクッキング・バイナル・レーベルは比較的音楽を理解している独立レーベルだと思うのですが、そういうレーベルでもやはり一種の制約を感じたので全てのコントロールを自分達でやりたいと思ったのでしょうか?

S:別にクッキング・バイナルに不満があった訳ではないわ。フルックでは、どうしてこのような形になったのか分からないけれど、結果的に全て自分たちでコントロール出来るのは良い事だと思う。但し、レコード会社のような集中プロモーションなどは出来ないけれど。

E:米国ではマーケットが広いのでフルックのアルバムもレコード会社にライセンスで出しているんだ。ただそうすると、米国では自分達のアルバムもお金を出して買わなければならない...理屈は分かるけれどこれは何だか変な感じもするね(笑)。

〔 (後記) バンドを長く続けていると普通はメンバーの考え方も似てくるものではないだろうか。このインタビューを通して最も印象的だったのは、結成10年を迎えるフルックの各人が、通例に反してまるで昨日出会ったみたいに、それぞれ個性や考え方を(互いに尊重しながら)全く独自に保っていた事だった。あの息のぴったりあった高度な演奏を思うとこれは驚異としか言いようがないが、これこそがまた彼らの演奏がいつまでもフレッシュに感じられる理由ではないだろうか。つたない本稿で、こうした彼らの姿の一端が伝えられたとしたら筆者としては幸いである。最後になったが、驚異のバウロン奏者にして「静かなる男」のジョン・ジョーは、このインタビューには残念ながら欠席。しかし「演奏以外は一切語らず」という姿勢もまた実に彼らしい個性ではないかと思ってしまった。(インタビューは1/7東京・青山にて。通訳は染谷和美氏にお世話になりましたが本稿の分析は全て筆者が負うものです。忙しい中を楽しく語ってくれたフルックと貴重な機会を与えてくれた主催者に深く感謝いたします。)〕(白石和良)
 


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