こちらではCDのご紹介をしていますが、ショッピング・バスケットがついているものに限り、購入もできます。ぜひご利用ください。
タイトル:クラウディ・デイ・ナビゲーション アーティスト:グラーダ
前作「ザ・ランディング・ステップ」も好評だった、ルナサのトレヴァー・ハッチンソンの秘蔵バンド、グラーダの3年ぶりの新作。新人ながら存在感たっぷりのアルト・ヴォイスを聞かせフィドルやボーランも演奏するニコラ・ジョイスと、フルックなどとの活躍で知られるフィドル奏者のコリン・ファレルという二人の新メンバーを迎え、ますますパワーアップ。再び本作もルナサのリーダー、トレヴァー・ハッチンソンのプロデュースがバッチリと効いたサウンドに仕上がっている。

お馴染みの自作曲/伝統曲に加え、スザンヌ・ベガの「The Queen and The Soldier」のカバーも収録。シンフォニックなインストの大曲は兄貴格のルナサと肩を並べるほどの完成度。そしてなんといってもフルート/ホイッスルのアランの活躍ぶりに感動。まさに天才という言葉は彼のためにあるといっても過言ではないだろう。イマジネイティブな彼のフルートにはとにかく鳥肌がたちっぱなし。現存するどのアイリッシュ・バンドよりもセンス抜群の彼ら。将来がますます楽しみ。

昨年ダブリンの名門ホール、ヴィッカー・ストリートで行われたコンサートの模様を収録したDVD「ライヴ・イン・ダブリン」が、ボーナス特典として付きます。

 

商品番号 RUCD149
値段(税込) 2,520円
ジャンル ケルティック・ミュージック
在庫ステイタス 4/10前後予定、店鋪発売日は4/15
ライナー 茂木健
コメント:アメリカ輸入盤
ボーナスDVD付(リージョンフリー/NTSC)
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タイトル:ザ・ランディング・ステップ アーティスト:グラーダ
いや〜!!完璧にバケてくれました。
グラーダ、大きな躍進のサードアルバム。
ジャケットもすごい素敵ですけど、
内容はもっと素晴しいです。
超オススメ!

1. Tread softly
アンマリーの歌が最高! 03年の来日公演でも歌っていたオスカー・ワイルドの詩「死者のための祈り」に歌詞をつけた印象的な楽曲。いや〜カッコよい。

2.  Go Neiri an Bothar Leat
これが二曲目ということは、これがインスト一番の自信作らしい。実際すばらしい。カッコいいです。皆さんの期待は絶対にうらぎりません。グラーダ、いいわ。今回ものすごくいいわ。アラン(フルート)のソロが疾走していく感じがたまりません。

3.  Isabelle
これもアンマリーの歌もの。曲頭のベースが超カッコよし。しびれるぅーー。

4.  Weight of the world
続くも歌。歌ものがこんなに頭に持ってこられたのも自信がある証拠? 私はこのアルバムの歌ものでは、この曲が一番好き。

5.  Seven of Eight
かっこいいいーーーーーーーーーーっっ! 一発でまいりました。最高。よく考えられてます。やっぱアランって天才だわ。

6.  All in one day
最初この曲が一曲めだった。それは分かるような気がする。いや、グラーダ、ってスローな曲がうまいのよね。絶対にスローな曲もカッコよく決まる。ある意味、スローなのをカッコよく決めるって難しいのよ。ダサいヒーリングものになったら終わりだもん。しかし、この曲は良くできている。ほんとカッコいい。ベースが最高。

7.  The back of beyond
アンマリーによるアップテンポの歌。バックで歌うはジェリーの声だなぁ、これは。

8. Manuka Swing
ワルツが気持よし。このトラックもかっこいいスローな曲の代表例。そして最高なのは、ゲストのデバラくんのピアノ。なんてリリカルなんでしょう。最後の方のアランのフルートとのスウィートなからみがたまりません!! いや〜若い子たちはすごいなぁ、すごいなぁ、ほんとスゴイなぁ!! ピアノってトラッドにおいてはダサい楽器かと思ってた。

9. Shock On
もうこの曲構成。最高です。最後ブラスが入るところなんかゾクゾクもの。かっこいいーーーーーっ! いや〜っ、いいなぁ、いいなぁ、いいなぁ!

10.  Dear Mary
リンダ・トンプソンのあの曲をアンマリーが、しっとりと歌います。

11.  A Lenvers
なんにも言う事はございません。すばらしい。よくこんなアルバム作ったぜ。えらいよ、グラーダ。

Produced, engineered, mixed by Trevor Hutchinson

ゲスト:Dave Hingerty (percussion) Kevin Brady (percussion) Bill Blackmore (trumpet)
Vyvienne Long (cello) Eamonn De Barra (piano) ←この人天才だわ、やっぱ!
 

商品番号 RUCD120
値段(税込) 2,415円
ジャンル ケルティック・ミュージック
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー 茂木健
コメント:日本盤
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タイトル:エンディヴァー アーティスト:グラーダ
1曲めは、女性ヴォーカルをフィーチャーした「Cathain」ホットハウス・フラワーズのリアムが歌っていたキーラの人気レパートリー。

2曲目はかなりアクロバットなインスト曲。すっごい練習したんだろーなという印象です。全般的にインスト曲は、ほんとよく出来てます。特にアレンジ。アレンジがすごい。

3曲目みたいなスローなインスト曲もすごく良く作りこんでます。だんだんテンポが早くなっていくのがカッコよい。フルートは、マイケル・マクゴールドリックみたい。1セットの中でテンポが変るのは、ルナサとこのバンドくらいでしょう。

4曲めはヴォーカルトラックですが、まるでジャズです。この曲すごく有名なトラッド曲なんだけど。実にカッコいいー!! 

5曲めは、パイプのリアム・オフリン大先生の18番でもあるこの泣きのメロディのスローエアーをフルートでやってます。リアム先生にくらべると演奏が若いな。でも、実にいい。実際このフルートの子が、一番ただ者じゃないです・・と、まぁ、こんな調子の内容です。

12トラック中、インストは6曲。歌6曲。

商品番号 RUCD094
値段(税込) 2,520円
ジャンル ケルティック・ミュージック
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー 白石和良
コメント:輸入盤、アイルランド輸入盤/帯、解説封入
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タイトル:サルジニアへ行こう! アーティスト:グラーダ
今やアイルランドの音楽シーンにおいて確固たる地位を獲得したグラーダ。バンドの始まりは実はこんな感じだった。01年6月、クルージングボートの上で出会ったメンバーに、サルジニアの某ホテルから営業仕事の依頼が・・。一儲けを企み、会場での販売を目的に、メンバーはたった2日間で本作を仕上げる。しかしそのホテルは日本の企業に買収され、企画はお流れに。ついでにこのアルバムもほとんどお蔵入り。しかしその後メンバーはルナサのトレヴァー・ハッチンソンとの出会いを経て、正式にバンドとしての活動をスタートさせるのだ・・グラーダ、幻のファーストアルバム。まだまだ未熟な感はいなめないが、ところどころに彼等独特の輝きが見られる。2001年作。

 

商品番号 RUCD121
値段(税込) 2,100円
ジャンル ケルティック・ミュージック
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー なし
コメント:アイルランド輸入盤
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THE LANDING STEP - LINER NOTES

グラーダが大きな注目を集めたのは、2002年に発表したセカンド・アルバム『エンディヴァー』が、新人バンドとはとても思えない高い完成度をもっていたからだ。とはいえ、あの一枚だけを引っさげて翌03年春に来日すると聞いたとき、ぼくはわずかな不安を感じてしまった。なにしろ、結成されたのが21世紀に入ってから、おまけに、平均年齢20代前半という若いバンドである。アルバムをプロデュースしたのはルナサのトレヴァー・ハッチソンだし、ステージにかけられるレパートリーがどこまで錬成されているかなんて、まったくの未知数ではないか。
 しかし。
 すれっからしたファンのそんな心配は、演奏がはじまったとたん軽く吹き飛ばされた。MCのぎこちなさはご愛嬌として、堅固なアンサンブルにはそこそこの柔軟性もあり、まったく気を逸らさせない。加えて、アンマリー・オマーレイの歌唱はCDで聴くよりずっと伸びやかだし、スタジオ録音では今ひとつ判然としなかったバウロンの腕前も、あまたいる女性シンガーのなかで間違いなく最高――。正直なところ、嬉しい驚きだった。
 来日公演から一年弱、かれらのステージを観た人(そして『エンディヴァー』を聴いた人)であれば、誰もが待望していたに違いない新作が届けられた。『ザ・ランディング・ステップ』というタイトルは、「上陸用ステップ」または「上陸の一歩」と解釈できるだろう。18世紀イギリスの有名な航海家で、オセアニアを探険したクック船長にちなみ『エンディヴァー』と題された前作からの連続性を、強く意識させる命名だ(クックの船が『エンディヴァー』という名前だった)。5人のメンバーのうち、ベースのアンドリュー・レイキングはニュージーランドで生まれ育っているし、ギターのジェリー・ポールも、生まれはダブリンだがNZでの生活のほうが長い。とはいうものの、この2作の題名だけを見て、NZ出身という表面的な特異性だけを売りにしているバンドと早とちりしたなら、グラーダがもつ真の特質を見失うことになると思う。自分たちの出自をバネのひとつとして存分に活用しつつ、本作でのかれらは、アイルランド音楽という大海のなかで未開拓だった離島に、文字どおり「ランディング・ステップ」を刻んでいるのだから。

 トラッド系のアイリッシュ・バンドというと、メンバーの全員(または大半)が幼いころから伝統音楽に親しんでいたり、言語(ゲール語)を含む伝統的な環境に身をおいた経験をもっているのが普通だ。どれほど革新的な音楽を創造していようと、伝統がかれらの原点および強みとなっているし、グラーダを世に出したルナサも、このようなバンドの典型といえるだろう。
 対してグラーダ。フルートのアラン・ドハティとフィドルのブレンダン・オサリヴァン、そして、高名な伝統音楽家をおおぜい輩出しているメイヨー州出身のオマーレイの3人は、なるほど伝統音楽をしっかり体得している。ところがNZ組のふたりは、むしろモダンな音楽ばかり演奏してきており、ベースのレイキングに至っては、グラーダに参加するまで伝統音楽には格別の興味すらもっていなかった。いわばこのふたり、伝統音楽に拘泥するどころか、やや距離をおいて取り組むしかない立場に最初からいたわけだ。そんなふたりが、バンド内でギターとベースを担当している。これは重要な点だと思う。というのはほかでもない、アイルランド伝統音楽では使用されていなかったこのふたつの楽器、特にベースに関しては、伝統から縁遠い音楽に熟達した奏者のほうが素晴らしい実績を残してきたからだ。元ムーヴィング・ハーツのイーガン・オニールや元メアリー・ブラック・バンドのガーヴァン・ガラハーは、ジャズ/ファンクに精通しているのが明らかだし(ガラハーなんか、昔マハヴィシュヌ・オーケストラ風のバンドに参加していた!)、今やスタジオで超売れっ子のジェームズ・ブレナーハセットも、ロック/ソウルの太く重いノリをこれでもかと発散している。ルナサのベーシスト、トレヴァー・ハッチソンにしたところで、「憧れのベーシストは誰だったか」というぼくの質問に、すかさず「ジャコ・パストリアス」と答えたくらいだ。
 そんなベースとギターを擁したグラーダは、伝統音楽への執着心をよい意味で抑制しつつ、自分たちの個性を築いてゆくことに成功した。地縁、血縁を基盤として結成されたバンドではないという点も、見逃してはいけないだろう。出身地を異にするこの5人が結集したのは、2001年のダブリンだった。イタリアのサルジニア島における二カ月間の仕事をオファーされたブレンダンが、バンドを急造する必要に迫られ、旧知の面々に声をかけたのがきっかけである。いわば仕事が先にあったわけで、この点も従来のトラッド・バンドの成り立ちとはかなり違っていた。なお、この初仕事(結局お流れになった)に備え、わずか二日間で録音されたのがファースト・アルバム『サルジニアへ行こう!』(RUCD121/近日発売)。レパートリー不足は明らかだし、性急な録音が災いしたトラックもいくつかあるけれど、今のグラーダに直結する鋭利な煌めきが随所で聴ける好盤だ。

「過去20年来演奏されてきた音楽はぼくたちの心に訴えないから、なにか新しい音楽を試みたい」――これは、白石和良氏が前作のライナーノートで引用しているかれら自身の言葉だ。伝統音楽から適度な距離をとり、自分たちの吸収した様々な音楽的要素を投入・融合させてゆく方法論は、『エンディヴァー』でも満遍なく展開されているが、本作『ザ・ランディング・ステップ』では、かれらのいう「なにか新しい音楽」により明確な形が与えられた。加えて――以下は飽くまでもぼくの個人的印象です――バンドとしての今後の方向性まで、ぴたりと定められているのだ。
 ことインスト曲に限るならば、オリジナル曲と近年作られた曲に重点を置くという基本方針は前2作から変わっていない。伝統曲、または伝統的な作法に則った曲を取り上げる場合も、これまでと同様、シンコペーションを効かせた編曲により直截なアイルランド色を稀釈している(ハナっから一風変わったブルターニュの伝統曲は、もとよりかれらの大好物だ)。演奏面で最も目立つ前作との違いは、ゲスト演奏者を5人も迎えた点だろう。準メンバーとして来日するドラマーのケヴィン・ブレイディの経歴は定かではないが、もうひとりのパーカッショニスト、デイヴ・ヒンガティはフレイムズというバンドのドラマーで、ルナサの名作『メリー・シスターズ・オブ・フェイト』にも参加していた。ピアノのエイモン・デ・バラは、間もなくセカンド・アルバムを発表する注目の4人組、スライドでフルートとキーボードを担当しており、やはり幅広い音楽性を身につけていると思しい演奏家だ。数曲で印象的な演奏を聴かせるトランペットのビル・ブラックモアとチェロのヴィヴィエンヌ・ロングについては、残念ながら調べがつきませんでした。
 さて、5人のゲストを招いた理由が、然るべき曲に然るべき奥行きと彩りを加えるためだったことは、容易に察しがつく。でも、本当にそれだけだろうか? 本作に関しては、「歌」をより効果的に聴かせるための必然的な選択として、ピアノやドラムスが使用されているように思えてならないのだ。
 本作でのグラーダは、全11曲中5曲を歌モノで固め、しかも、すべての曲のテーマを緩やかに通底させた。クロアティアから移民してきた女性を主人公にした[3]で生々しく描かれているのは、かつての自分たちが経験した辛酸をいつの間にか棚上げし、他者の痛みに対する共感を失いつつあるアイルランドの現状だ。ピアノが都会の情景を設定しているかのような[4]では、若い娼婦に対する人びとの偽善的な態度と宗教の無力が、多面的に描出されてゆく。リンダ・トンプソン作の[10]は、彼女のソロ・アルバム『Fashionably Late』に収録されたオリジナルよりもテンポを落とし、バックの音数を最小に抑えることによって、利己に走る女性に向かい辛辣な警告を発する歌へと変容された。そしてとどめとばかり、オスカー・ワイルドの詩に曲をつけた[1]が、死して雪の下に埋められた娘を痛ましく哀惜する……。ご参考までに、[1]の原詩をワイルドが書いたのは1881年、オリジナルの題名は『Requiescat(死者のための祈り)』だった。アイルランド文学畑の常道からすれば、この死した娘は、独立を求め闘い敗北したアイルランドそのものを象徴する存在として理解されるべきだろう。要するにグラーダは、今を生きる女性3名と遠い過去に埋葬された女性1名(空しく潰えた理想国家の象徴!?)に光を当てることで、現代アイルランドの心性を切り取ろうとしているのだ。こんなコンセプト設定、なまなかな才智では絶対にできるものではない。かれらは、ファースト・アルバムでもパトリック・カヴァナの詩に曲をつけていたし、メンバーのなかにかなりの文学好きがいるものと想像する。
 [3]について、もう少し補足しておこう。累計700万にもおよぶ国民を、海外に送り出してきたことで名高いアイルランドだが、最近はずっと「入超」の状態がつづいており、2003年の統計によると移民として入国した人は50,500人、国外へ出て行った人は20,700人と大逆転している(03年12月11日付けRTE ONLINEニュースより)。その結果、海外から移住してきた人びとを巻きこんだ事件が、都市部を中心にぽつぽつと報じられるようになった。この新たな移民の問題を、アイルランドの自覚あるアーティストたちが見逃すはずもない。代表として、ボスニアからの移民男性について歌ったキーラを挙げておく。一方、社会/宗教と女性の問題については、故エンヤ・ニ・ウアラホーンの超名作〈聖ブリジッドのキス〉、エレノア・マケヴォイの象徴的な歌〈オンリー・ア・ウーマンズ・ハート〉、ジョニ・ミッチェルの〈マグダレーン・ランドリー〉などなど、数多くの力作が書かれてきた。しかし、現代のアイルランドが直面する逆移民の問題[3]および女性をめぐる歴史的問題[4]を、明らかに共通する後景を配しつつ1枚のアルバムのなかで連続させ歌いきった例なんて、少なくともぼくはまったく知らない。
 [1]を筆頭に、これら4曲はメロディ、伴奏ともコンテンポラリー(同時代的)な仕上がりになっている。重い内容の詞を伝統音楽の安定した地盤にのせるのではなく、あえて軽めの編曲で処理したのは、グラーダの自信の成せる技だろう。だがそんな冒険も、アンマリー・オマーレイという傑出した歌手がいたからこそ初めて可能となった。実のところ、彼女の端正な歌唱は前2作でも大きな聴きどころを提供している。だが、これまでの彼女は伝統色の濃い歌ばかりを歌っていたし、現代曲をこれほどまで鮮やかに表現できるなんて、恥ずかしながらぼくはまったく予想していなかった。ごく自然な発声で淡々と歌い、決して感情過多に流れない本作におけるオマーレイの歌は、現代の優れた作品を説得力豊かに聴かせるという点でメアリー・ブラックに匹敵するかもしれない。ブラックとの比較をもうひとつ重ねるならば、歌に関するグラーダの選曲のセンスも、ブラックに一歩も引けを取らないと思う。
 残る1曲[10]のみ、男性が主人公だ。しかし、この歌もアイルランドに「帰ってきた」移民を描いており、アルバム全体を貫くテーマの補強に大きく貢献している。

 インスト曲について触れている紙数がなくなってしまった。処理の手法は従来から大きく変わるものではないが、先述したトランペットをはじめ、ゲスト陣の貢献で音はぐんと厚くなっている。その典型が、リールを大胆に発展させた[??]だろう。フルートとフィドルのユニゾンではじまって、ギター、ベース、ドラムと加わりながら2曲目に移り、2ラウンド演奏したところで突然ブレイク、擦弦楽器による刻みをバックにしたフルートのソロとつづいてゆく展開には、誰もが瞠目するに違いない。
 本作で、グラーダは高度な集団演奏力と伶俐な知性の融合に成功した。こんなバンド、少なくともアイルランドには、今までひとつもなかったはずだ。この勢いでの再来日である。むう……

2004年2月 茂木 健



Endeavour Liner Notes

「過去20年来演奏されてきた音楽は僕たちの心に訴えないから、何か新しい音楽を試みたいんだ」何という気骨のある言葉だろう。しかし彼らの言葉は決して誇張ではない....ニュー・グループの音楽を聴く時は常に新鮮な出会いを期待してしまうけれど、実際にこれほどの嬉しい衝撃に遭遇する事は滅多にないのだ。このグラーダというアイリッシュ・バンドの新星については、実は昨年の試作的なアルバムは先に入手していたのだが、殆ど情報もなく白紙の状態で本格的なデビュー作となる本アルバムを耳にした。そして、1曲目から飛び上がってしまったのだ。リアム・オ・メンリイの日本のステージでの鮮烈なパフォーマンスが忘れられない、あの「Cathain 」を何と女性のリード・ヴォーカルとバンド全体の素晴らしくヴィヴィドな演奏でやっているではないか。なんと言っても全体に溢れる高揚感というかポジティヴな感覚に圧倒されてしまったが、素晴らしいのはこの1曲だけではなかった。アイリッシュ・トラッド・ソングの名曲からブルターニュの音楽や自作曲まで、センスの良い選曲が次々と新鮮な感覚で演じられて聞き手の耳を離さない。一言で言えば現代的なクール派のアイリッシュ・トラッドなのだが、彼ら独自の斬新さが終始貫かれているのである。

 グラーダはアイルランド人(皆ダブリンっ子のようだ)とニュージランド人による男性4人、女性1人のアコースティック・グループだ。グループ名は英語のグレードGRADE を意味する古いアイルランド語で、アイルランド音楽の発展に寄与したいという気持ちを込めてNEW GRADE (新段階)というつもりで名付けたようだ。メンバーと本盤での担当楽器は次の通り。大半がまだ20代前半の若さで最年長でも28才だという。
・ジェリー・ポール(ギター/ブズーキ)アイルランド生まれながらニュージランドにも長らく住んでいて、現地のフォーク界で認められた存在である。また、その一方でダブリンのトラッド・ミュージックの世界でも高く評価されて演奏活動を続けてきた。本アルバムでは歌っていないが、優れたシンガーでもある。現在のグループのリーダ格はこのジェリーらしい。

・アン・マリー・オーマリー(ヴォーカル/バウロン)非常に幼い頃から歌を始めた彼女は、ダブリンの伝統音楽協会のコースで学んでいる時にグラーダのメンバーとの交流が始まったという。若さに似合わない完成されたヴォーカルを聴かせてくれる。

・アラン・ドハーティ(フルート/ホイッスル)ダブリン出身。オーストラリアやヨーロッパなど世界各地で演奏活動を続けてきた。ジョー・コッカーやメタリカなどのロック・アーティストの公演の前座を務めた事もあるという。そして先に日本でも公開された映画『指輪物語』では、作曲家ハワード・ショーに認められて、演奏で参加している(ガンダルフがホビットの村を訪れるシーン)。

・アンドリュー・レイキング(ダブル・ベース/ヴォーカル/ギター)ニュージーランドでジャズを学んだ彼は、トラッドとジャズの音楽要素を融合している。またラテン音楽やジプシー・スウィング・ミュージックにも造詣が深いという。

・ブレンダン・オサリヴァン(フィドル/ヴィオラ)ダブリンのグループWhirlygig を始め幾つものグループに関わってきており、多くの録音もある優れたフィドラー。グループの年長者で経験豊富なミュージシャン。

  さてグループの結成の経緯は、ある時、ダブリンの川に浮かぶ艀(はしけ)の上でブレンダンがジェリーとセッションをした事が始まりらしい。意気投合した二人はその後、ニュージランドのウエリントンで再会セッションを行い、その時にジェリーの友人のアンドリューと出会ったという。またブレンダンはアランの事は既に何年も前から知っていたという。そうして全員が再会した折りに、丁度グループを結成してサルディニアに旅立つ事を計画してしたブレンダンは皆に一緒に行こうと声を掛けたのだった。そして旅の前にまず低予算でグループのアルバムを作る事になり、そこにアン・マリーも参加したのだった。実は、結局はサルディニアへの旅は実現しなかったらしい。しかしこれをきっかけにしてグループがスタートしたのだった。さてこの時制作したのが冒頭でも触れた昨年のアルバムで、タイトルもずばり『OFF TO SARDINIA 』という自主制作盤(レーベル名、番号無し)だった。先に試作的なアルバムなどとつい書いてしまったが、本盤と直接比較すればやはり発展途上の感はあるものの、これはこれで決して悪くないアルバムで重要な作品である。因みにメンバーは本盤と同じだが、数名のゲストが加わっているほか、ジェリーもリード・ヴォーカルを聴かせてくれる点が興味深い。グラーダはルナサやキーラのサポート・アクトをつとめて短期間の内に注目を集めるようになってきた。そうして、ついにルナサのベーシストのトレヴァー・ハッチンソンをプロデューサーに迎えて制作したのが本アルバムなのである(因みに前作はセルフ・プロデュースだった)。トレヴァーはグラーダの可能性を最大限に引き出しており、グラーダ自身もそれに応えて一年前の録音と比べて音楽の密度を飛躍的に高めているのだ。高度で変幻自在な演奏はあのフレアーク(オランダの超アコースティック・バンド)を思わせるという感想もあるほど...それにしてもよく最適任者のトレヴァーがプロデュースする事になったと思うが、これについてアランは言っている。「その経緯は面白いんだ。僕たちは単にトレヴァーのスタジオで録音をしようと思っていただけなんだけれど、彼の方から僕たちのところにやってきて、僕たちがとても気に入ったアイデアを持ってきてくれたという訳なんだ。つまり僕たちは正式には彼にプロデュースを依頼した訳ではないのだけれど、結果はこうなってしまったのさ。」ここまで聞けばもう充分だろうが、実際トレヴァーはグラーダを大いに気に入っていて日本のTHE MUSIC PLANTにも「彼らの事をよろしく」と伝えてきたという。

  ところで、こうした経緯もある上に、楽器編成も近いので、グラーダは時にルナサと比較される事もある様だが、これについて彼ら自身は言う。「まず最初に、ルナサにはシンガーはいないけれど、僕たちの方はアルバムの約半分が歌だ。僕たちは皆、歌の背景を持っているから、歌は僕たちにとって非常に重要なものなのだ。そしてまた僕たちは現代的な、ジャズのフィーリングを曲に与えているけれど、これもルナサとは明らかに違っていると思う。...とはいえ、ルナサとの関連性を指摘されるのは意味のある事だと思うけれどね。」確かに、ルナサを始め、フルックやキャリコなど、クール・モダン派のアイリッシュ・バンドはひとつならず活躍しているが、その殆どはインスト・バンドであり、歌を中心に据えているという点だけでもグラーダはこれまでに無い存在なのだ。それに加えて南太平洋の文化やブルターニュの影響も興味深い。彼らは更に言う。「僕たちは、自分たちがこれまでやってきた他の種類の音楽を使う事によって、新しいアプローチをしようとしているんだ。」グラーダの音楽は「道無き道を進みたい」という心意気に溢れている。これからのアイリッシュ・ミュージックの台風の目になる可能性を秘めたアーティストがここに登場したのだ。

〔曲目について〕(歌詞のある曲の冒頭に記した歌の内容は、逐語訳ではなく大意です)

1) Cathain
「いつになったら貴方は家に帰ってきてくれるの?いつになったら私達は再会出来るの?私はその日を待ちわびているのよ。いつになったら、もう一度貴方の唇を味わえるのか分からない。...私は夢の中で貴方の笑い声を聞き、家の窓から貴方が去って行った道を眺めるの。貴方が私を置いて一人で行った道をね。」キーラのローナン・オスノディ作のゲーリック・ソングで、彼の旧友のリアム・オ・メンリイが持ち唄にしている。リアムの録音は、ドーナル・ラニイを中心とした96年のアルバム『緑の大地(COMMON GROUND) 』 (日本盤東芝TOCP-8857)などで聴く事が出来る。このトラックは、あくまでポジティヴなグラーダの音楽の素晴らしさを象徴している。

2) Pint of reference
3曲のチューンのメドレーで、先の2曲、"the strinking clockと "pint of reference"はグラーダの自作。3曲目"men of destiny"は、キャリコの中心人物のディアミド・モイニハン(コーク出身のパイプ・ホイッスル奏者)の作品。作者本人の録音はキャリコのアルバム『SONG DOGS 』 (英LOCHSHORE CDLDL1306,'00)に収録されている。グラーダはモイニハンの作品が好みらしく8)でも取り上げているが、モイニハンは、ブルターニュ音楽を敬愛し、その影響を受けている。グラーダは3)ではまたブルターニュのギタリストの作品も取り上げている..となると、グラーダのブルターニュ音楽との関わり、関心も浮かび上がってくる。ともあれ、唸るベースを核にして疾走するここでのアコースティック・アンサンブルはルナサとはまた一味違った新鮮な印象である。

3) Biodegradable
グラーダの自作の"biodegradable" とブルターニュのギタリストSoig Siberilの作の"kishor's tune" のメドレー。Siberil はオープン・チューニングのギター・スタイル(ディビー・グレアムの流れを汲むもの)をブルターニュ音楽で使用した最初の一人と言われる重要なアーティストで、70年代にはミホール・オ・ドーナルとも交流があったという。余談だがフルックのギタリストのエド・ボイドにとっても敬愛する一人であるようだ。Siberil にはKORNOGやGWERZ を始めとするグループやソロ作など多くの録音があるが、この曲は93年のソロ・アルバム『DIGOR!』 (仏BREIZH GWP005)に収められていた。ここでは、ジェリーの繊細なギターがききもの。

4) She is like a swallow
「彼女は、まるで空高く駆けるツバメのように、まるで枯れる事のない川のように、まるでリー川を照らす太陽の光のように、彼女は最愛の人を愛した。... 彼女は草原でエプロン一杯のバラを摘んで、それを彼に差し出した。彼女は自分の心を相手に捧げた。しかし彼の心は次第に重苦しくなっていった。彼は二つの心を持っていたのだから。彼女は言う。『貴方、どうしたの?』『僕が君だけを愛していると思うなんて何と君は愚かなのだろう..』」この歌は、カナダの高名なフォーク・ソング収集家のイーディス・フォークによる著書『PENGUIN BOOK OF CANADIAN FOLK SONGS 』に収められているもので、各地の多くの歌手達によって歌われているが、最近ではカーラ・ディロンが自分の名前をタイトルにしたデビュー・ソロ・アルバム (日本盤STAND OUT RECORDS STR-8)で取り上げていた。なお、このグラーダやカーラは歌っていないがペンギン・ブックの収録版では、最後に「彼女はバラでベッドを作り、石を枕にして身を横たえた..」というヒロインの自殺を暗示する悲劇的な結末が付いている。歯切れの良いマリー・アンのヴォーカルとバンドの演奏は一見素っ気さ過ぎる様に聞こえる程だが、実はクールでスタイリッシュな美学を見事に貫いている。

5) Anto's gambit
"cailin na gruaige doinne"と"peata beag a mhathair" という二つのトラディショナル・チューンと、グラーダの自作の"anto's gambit" のメドレー。冒頭の"cailin.."(茶色い髪の少女)は、今日の代表的なアイリッシュ・ミュージシャンが集まった93年のアルバム『SULT-SPRIT OF THE MUSIC 』 (アイルランドHUMMINGBIRD HBCD009)で、イーアン・パイプの名手リアム・オフリンが演奏していた。ここでは、エモーショナルなスローから、アクロバティックなプレイまで自在に吹きまくるアランの妙技を堪能出来る。

6) Diamantina drover
「俺が『羊の群れを追う仕事が終わるまで戻らないぞ』って言ってコーク牧場を発ってからもう10年になる... 俺も時にはシドニーに帰りたくなるぜ。でも、もう長い間やっていると頭を切り換えるのって難しいものさ。....土埃だらけのディアマンティナには雨なんか降らないから、羊追い達は頭を切り換えるのが難しいんだよ。」
南の大地で働く男達の心情を綴ったこの歌は、73年から90年まで活動したオーストラリアのグループREDGUMの持ち歌で、82年のEP『CUT TO THE QUICK』(オーストラリアCBS 26527)や83年のライヴ・アルバム『CAUGHT IN THE ACT 』 (オーストラリアEPIC ELPS4371)に収録されていた。多くのアーティストによって歌われている名曲で、作者は当時のメンバーの一人のヒュー・マクドナルド(ギター、ベース、ヴォーカル)。ここでの清楚なマリー・アンのヴォーカルは、初期のメアリー・ブラックを思わせるほど素晴らしい。

7) Madam I'm a darling
「ある夜更けの事、私はチェスターの街に行って、月明かりの中で自分の服を洗っている素敵な女性と会った。彼女は洗濯物を洗って、絞り、干して、自分の腕に掛ける。『なんて私って良い娘なんだろう』などと言いながら。それから彼女は井戸から水を汲んで家に運んで茶を入れる....『お嬢さん、私は貴女にゾッコンなのさ。貴女は金銀も土地も船もみんな持っている。貴女に必要なのは若い男だけなんだ。』」
"THE CHESTER CITY"という別名でも知られるこの歌は、非常に良く知られた"SPANISH LADY"のバリエーションの一種らしい。"SPANISH LADY"は「いわゆるダブリンの街の女の歌の一つ」(ミホール・オ・ドーナルの言葉)で、街の絶世の美女に騙されて金を取られてしまう男の失敗談だから、この"Madam..."でも(歌詞の中では語られていないが)語り手の男も結局は酷い目に会ってしまうのだろうか。この歌は最近でも録音があるが、往年のものでは、膨大な伝統歌の知識で有名なフランク・ハートが1978年の名盤『AND LISTEN TO MY SONG 』 (アイルランドMULLIGAN LUN025)で取り上げており、ハートは「歌の起源や何故チェスターの街と歌っているのかは分からないが、自分は、ラブレー風の奔放なユーモアに溢れていたケリーのセッションでこの歌を覚えた。」と書いている。ここでは歌も演奏も軽妙そのもので何とも心地よい。

8) Out in otaki
モイニハン作の"THE BLACK WIND"、トラッドの"BRETON"、グラーダ作の"OTAKI OUTING"の3つのチューンのメドレー。

9) Once I loved a boy
「私はハンサムな男の子を愛していました。私は彼を私のものと思っていたけれど、彼の方は他の女の子を私よりも愛していたので、私の元から去っていってしまった。...彼は私の事を愛しているの、愛していないの?私はいつでも彼と一緒にいたいの。」
このシンプルで美しい失恋のトラッド・ソングは、"MY BONNY (BONNY) BOY"などという名前でも呼ばれるもので、英国各地で収集されており、かのアン・ブリッグスが初の自己名義のレコードである1964年のEP盤『HAZERDS OF LOVE 』 (英TOPIC TOP094) で歌っていたことでも知られている(現在はCD『コレクション』日本盤: ヴィヴィドVSCD2798で聴く事が出来る) 。一般には英国フォーク・リヴァイヴァルのヒロインとして知られているブリッグスだが、実はその後のアイリッシュ・ミュージックの女性シンガー達に与えた影響も多大であり、ジョニー・モイニハン(プランクシティなどで活躍した偉大なミュージシャン)は、「ブリッグスの影響は既にアイルランドの文化に組み込まれているのだ」とまで語っている。アン・マリーも恐らくブリッグスを直接意識している訳ではないだろうが、ここでの燐としたロンサムな歌声はブリッグスを彷彿とさせるものだ。

10) Snow Leopard
3曲のグラーダ自作のチューンのメドレー。ここではブレンダンのフィドルを主体に彼らとしては比較的オーソドックスなアイリッシュ・チューンを演じているが、全般に「泣き」よりも「浮き立つ」ようなポジティヴな感覚が前に出ている。

11) Mini monor
2曲の自作のチューンのメドレー。重層的に絡み合うアンサンブルが聞き物だ。

12) Endeavour
「1769年の太陽が昇る時のこと..彼らはこの辺の海からやって来た者ではない事は明らかだ。彼らはエンディヴァーと呼ばれた船に乗って航海してきたのだ。花々が咲きほこり、黄金の砂の山があるという夢の様な国を目指しての6ケ月の航海だったが、彼らが実際に目にしたのは夢の国ではなかったのだ... 」グラーダの自作曲。南太平洋や南極海を探検した事で知られる英国の航海家キャプテン・ジェームス・クック(1728-79) が彼の最初の太平洋の航海で使用した船がこのエンディヴァーである。1768年に船出したクックはチリのケープホーン岬を巡って、1769年6月3日にタヒチに到着、その後ニュージーランドの地図を作成したりオーストラリア東部を探検した後、1771年6月12日にイングランドに戻っている。しかしこの時は何と乗員の43%もが死亡したという恐るべき苦難の旅であった。グラーダは意外にもモダン・フォーク的な音楽を使って静かに鎮魂の歌を綴っている。

(2002.8.17白石和良)