「最初のうちは、父が先生だったわ。家ではそれがとても自然なことだったけど、一歩外へ出ると近所ではまったく音楽の伝統がなかったわね。私は、同じ音楽の趣味を持つ人たちにあいに、わざわざ出かけていかなくてはいけなかった。なので、よく旅行はしたわね」
彼女はハーダンガーフィドルとともにクラシックのヴァイオリンの勉強もしたというが、だんだんレッスンが厳しくなっていったために途中で止めてしまった。
「もっと音楽の中へ入り込んでいきたかったの」と彼女は言う。「 両方のスタイルとも、お互いに扉を閉じているような・・だからクラシックの方はやめてしまって、今は100%フォークスタイルだけど、今になってクラシックを習っておいて、とてもよかったと思っている。テクニック的にも、それからクラシック独自の美しさみたいなものにおいてもね」
この彼女のクラシックの技法は、彼女をノルウェーの有名なオーケストラとの共演に導いている。
「クラシックにおいては、すべてのことが書かれていて、すべてのことがすでに決められているわ。もちろん、自分のやり方を持つことは可能だけど、それは小さい。もっと自由な音楽をやってみたかった。もっと自分のパーソナルな部分を出して、私の想像力を発見したり、その中に自由な魂をみいだしたり、とかしてみたかった。それに私は妖精の物語が大好きだったの。フォークミュージックにおいて、最初に好きになったものの一つに、ひとつひとつの曲の背後にある物語があげられる。すべてがドラマチックで、すてきな、美しい物語ばかり。そして思ったの。これが音楽だ、これが私がやりたいことだ、って」
「私は普通のティーンエイジャーだったから、ポップミュージックとかも聞いたわよ。ラジオを聞いたり、同じ年ごろの友だちと出かけたり。どんなジャンル、というわけではなく、すべて「よいもの」を選んできたから、小さいころから幅は広かったわね。すばらしい曲というのは、とてもパーソナルで、私をとらえるような曲。コマーシャルなポップな曲でなくてもよかったけど、エネルギーや表現にあふれているものが好きだった」
「伝統曲というのは、書かれてもいないのに、いつでも、長い間そこに存在してきたわけだから、覚えやすくてキャッチーには、違いないわね。でなければ、そんなに長く残るわけないもの」
「“音楽で生活していこう”と決意したことはないわね。自然と、そうなっていたし、気がついた時には、もう後戻りできる状態じゃなかった」
彼女の音楽は、フォークであり、ジャズであり、ニューエイジであり、スタジアムサイズのロックのようでもある。そしてそれが彼女をさらにフォークの伝統へと押し進めるようになり、伝統音楽の世界においてノルウェー国内のチャンピオンシップを獲得するまでになる。
1987年に、彼女とArve Moen Bergset、Steinar Ofsdal、そしてBjorn Ole Raschは、ベッカネブルーセBukkene Bruseというグループを結成。このグループで、世界中をまわり、高く評価されることになる。94年、リレハンメル・オリンピックで演奏し、またノルウェーのグラミー賞を受賞した。同じ年、アメリカではじめてアンビョルグのソロ作品が紹介されることになる。また88年から、ベッカネブルーセは、ノルウェーの子供のためのチャリティ団体 Redd Barna (Save the Children Foundation)に協力し、同団体の大使として活躍することになる。98年には、モザンビークを訪れ、子供たちや地元のミュージシャンとのコラボレーションを実現化させている。
「子供たちと一緒にたくさんの事をしたんだけど、すばらしい経験だったわ。たくさんの踊りと歌と。すべてのことがとても自然だった。」と彼女は思い出す。
「私たちはいろいろ考え過ぎだと思う。すべてのことが計画され、すべての事が決定され、自分たちが持っているものに、あまりにとらわれすぎている。価値観を決めつけないことがどんなに重要なことか。彼等(貧しい国の子供たち)には、何もないかもしれないけど、彼等はすごく幸せで、毎日毎日踊っている。すべての人が、こういうことを思い出すために、年に一度は、あの地を訪ねてみるべきじゃないかと私は思う。 音楽的にもその新鮮さにすごく影響をうけたと思う」子供たちのうちの何人かの歌声は、彼女の最新作「Baba Yaga」で聞くことができる。
ベッカネブルーセの他にも、彼女は自分のソロ活動に勢力的だ。98年に彼女は、ノルウェーの芸術大賞を受賞している。彼女はノルウェー政府の文化に対するサポートに感謝している、と話している。この大賞は、フォークミュージシャンとしては、はじめての受賞となる。「これはノルウェーのフォーク界にとって、とても大きなことだったわ。いつもロックかジャズかクラシックの人が受賞してたから」
『Baba Yaga』は、力強い作品である。「今までよりもずっと大きなプロダクションだわ」と彼女は言う。「プログラムが多用されていて、アコースティックな楽器よりもエレクトリックな楽器を、たくさん使っているし。前の作品とだいぶ違うものになった。明るさと暗さ、小さいものから大きなもの、ドラスティックなものから美しいものまで、すごくコントラストがはっきりしている作品だと自分でも思う」
「リスナーはおそらく、エマーソン、レイク・アンド・パーマーの影響を発見できると思う。それにクラシックと、エレクトリックなスタジアム・ロックと・・」「キース・エマーソンは、『展覧会の絵』で本当に多くのアーティストに影響を与えたと思う」
またアルバムのコンセプトである『Baba Yaga』については「“Baba Yaga”は、彼女の生涯において、強いコントラストがあったと思う。彼女の生活、彼女の持っているエネルギー、そして彼女の 存在。インターネットを駆使して、いろいろ研究したわ。そして彼女はこのアルバムのコンセプトにおいて、最高の人物であることを発見したの」と語る。
ELPの他に、アンビョルグに影響をあたえたアーティストは幅広く深い。「1つや2つをピックアップするのは、非情に難しいわね。たくさんのレコードを聞いて、たくさんのコンサートにいって、たくさんの人にあって、知らないうちにたくさんのことに影響をうけていると思うし」
「(音楽的影響は)ミュージシャンからである必要はないと思うの。たとえば、道かどこかで出会った、すごく素敵な人たちとか。それが音楽になったりする可能性もある。多くの国にも旅してきたし、多くの伝統にもふれてきた。それらすべてを自分のバックに詰め込んで、ひっくりかえしたりしながら、自分のものとして使っていくんだと思う」
アンビョルグにとって、プロセスは、さほど重要なことではない。旅をしてまわったり、多くの人に出会ったり、多くのミュージシャンと一緒に演奏することで、ありとあらゆるものを吸収することの方が、重要なのである。
「大事なことは、あまり考えすぎないことだと思うわ。そこへいって、何が存在するのか、確認することは、大事だと思うけれど、分析したり決めつけたりするのは、危険なことだと思う」
「知らないことによって、自分の想像力が自分の身体の中にはいっていく。そしてそれを家に持ってかえれば、それはそこにあるのよ。だからとにかくなるべくオープンでいること。そしてあまり何が正しくて、何が正しくないか、何かどこから来てとか、決めないこと。ただ音楽を演奏して、それを楽しむこと」
アンビョルグは、今年の一月、カナダのナタリー・マクマスター、アイルランドのマレート・ニ・ウィニー(アルタン)、そしてシェットランドのカトリオナ・マクドナルド、アメリカのリズ・キャロルとリズ・ノエルで、「String Siters」というグループを結成し、グラスゴーのケルティック・コネクションで、大成功をおさめた。
「すばらしいプロジェクトだったわ。カトリオナがこのアイディアをずっとあたためていて、ずっと話だけはあったんだけど、それがついに実現したの。それぞれ違う伝統出身のフィドル奏者があつまって、いろいろためしてみたの。本番までに一週間リハーサルをして、そこで、お互いのレパートリーをならったわ。みんなが互いのやることを尊敬しあって、とてもすばらしいものになった」
「みんな、それぞれ忙しいから、パーマネントなグループにはならないけど、また一緒にツアーしたり、できれば将来はレコードもつくりたいわね」「またもう一度やりたい、って全員で言っているの。終わったあと、みんなして“え?もう終わっちゃったの!?”って(笑)。だから絶対にやるわよ」
彼女は、自分の活動を、スカンジナビアにおける新世代のミュージシャンたちがアバンギャルドな手法にチャレンジするムーヴメントのひとつだととらえている。
「絶対にそういうムーヴメントは存在するわね。箱をつきやぶる、みたいな」と彼女は説明する。
「伝統音楽シーンにおいては、伝統純粋主義者もいるけれど、でもその幅をひろげていくためにも、アヴァンギャルドな方法をつきすすめる人も必要だと思うの。ひとつの世界の別の面がとりあげられると、たくさんの議論が起こるわけだけど、それは良いことだと思うわ。何もしないことよりも、反対を唱えられる方がいいわ。それが健康的なことだし、その事が、それ(伝統音楽)を生かしているんだと思う」
「ノルウェーでは、完全な伝統以外は、あまり存在しなかったわ。ノルウェーの伝統は、つねに、すごくゆっくりと動いてきた。例えば初期段階から多くのバンドやモダンなミュージシャンが伝統音楽のエッセンスを簡単にとりあげてきたアイルランドみたいでは、けっしてなかった。ノルウェーのフォークシーンでは、クロスオーバー的なことは、ほとんどなかった。だから私たちは、これだけユニークな伝統を持っているとも言える」
アンビョルグは自分の好きな道をすすめる機会があたえられて、とてもラッキーだ、と言う。「自分にとって、大事なことは、音楽にたいして自分独自の関係を持つこと。他の人のすることを真似するのではなく、自分のルーツをさぐっていくこと。自分のルーツを生き続けさせるのは、大事なこと。私は幸運にも“自分のやりたいようにやりなさい”って言ってくれる、ても寛容なすばらしい人たちに囲まれていると思う。それはすごく幸運なことよね」
(2000年のインタビュー資料より)