こちらではバンド作品、そしてメンバーのソロアルバムのご紹介をしていますが、ショッピング・バスケットがついているものに限り、購入もできます。ぜひご利用ください。通信販売についての説明は、トップページを参照ください。 
 
タイトル:イン・ザ・サマー アーティスト: ハウゴー&ホイロップ
ケルティッククリスマス04で、再来日決定! 二度目デンマークのグラミー賞を受賞した最新作!
商品番号 MPKM019
値段(税込) 2,520円
ジャンル デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー 茂木健
コメント:デンマーク輸入盤/帯、解説封入
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タイトル:リーズ〜灯り アーティスト: ハウゴー&ホイロップ
ライナーは、ここで読めます。二人の曲解説は、こちら。
商品番号 MPKM004
値段(税込) 2,520円
ジャンル デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー 大嶋 豊
コメント:デンマーク輸入盤/帯、解説封入
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タイトル:DUO FOR VIOLIN & GUITAR アーティスト:Haugaard & Hoirup 
1999年発表の作品。こちも、いいですよぉ〜。
商品番号 GO0199
値段(税込) 2,415円
ジャンル デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫あり
ライナー なし
コメント:デンマーク輸入盤
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タイトル:SERRAS アーティスト:SERRAS
ハラールのもう一つのバンド、SERRAS。ファーストアルバム。
編成はサックス、ドラム、ベース、ギター。エレクトリックです。
商品番号 GO0499
値段(税込) 2,310円
ジャンル ロック デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫僅薄
ライナー 解説なし
コメント:デンマーク輸入盤
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タイトル:SECOND HAND アーティスト:SERRAS
ハラールのもう一つのバンド、SERRAS。
編成はサックス、ドラム、ベース、ギター。エレクトリックです。
商品番号 GO0201
値段(税込) 2,310円
ジャンル ロック デンマークの伝統音楽  
在庫ステイタス 在庫僅薄
ライナー 大嶋 豊
コメント:デンマーク輸入盤/帯、解説封入
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タイトル:STAND CLEAR アーティスト:SERRAS 
ハラールのもう一つのバンド、SERRAS。
編成はサックス、ドラム、ベース、ギター。エレクトリックです。
商品番号 GO0404
値段(税込) 2,310円
ジャンル ロック デンマークの伝統音楽  
在庫ステイタス 在庫僅薄
ライナー なし
コメント:デンマーク輸入盤
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タイトル:PULS アーティスト: PULS
ハラール参加のアコースティック・トラッドバンド。編成は、フィドル、ギター、アコーディオン、ウッドベース。
商品番号 CEMCD0698
値段(税込) 2,310円
ジャンル デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫僅薄
ライナー 解説なし
コメント:デンマーク輸入盤
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タイトル:VINGARDEN アーティスト: MORTEN A HOIRUP
ハラールとデュオを組む前に発売になったモーテンのソロ・アルバム。
Bjornekaeden(ベア・チェイン)のオリジナルヴァージョンが聴ける。
商品番号 BYEPCD001
値段(税込) 2,310円
ジャンル デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫僅薄
ライナー 解説なし
コメント:デンマーク輸入盤
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タイトル:SOLEN アーティスト:KAREN + HELENE
ハラールが最近プロデュースした女性ヴォーカル二人組。モーテンも参加。
商品番号 GO0304
値段(税込) 2,310円
ジャンル デンマークの伝統音楽 
在庫ステイタス 在庫僅薄
ライナー なし
コメント:デンマーク輸入盤
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リーズ〜灯り ライナー

 異文化に触れる楽しみは未知との遭遇です。それまで知らなかった文化、知らなかった音楽、知らなかったミュージシャンに遭遇し、夢中になる。それこそは究極のエンタテインメントです。

 今年(2002年)1月23日水曜日の夜。スコットランドはグラスゴーのロイヤル・コンサート・ホール、メイン・オーディトリアム。2000人は入ろうかという立派なホールの2階客席に座って、ぼくは開演を待っていました。わざわざこの日に合わせて渡航スケジュールを組んだ、カナダ・ケベックの偉大なバンド、ラ・ボッティン・スリアントのライヴを前にして、前座が二組というのは多すぎるじゃないかという気分です。どちらもフィドルとギターのデュオで、片方はオークニー出身のリグリー姉妹、片方はデンマークの、何と読むんだこの名前は。以前からCDも聞いていたりグリー姉妹は可もなく不可もなく。自分たちの出番を終えてその二人が呼びだしたのは男二人。遠目にはわりと年配に見えます。やっぱりやるのか、という想いは、4人で始めた曲を聞いたとたん、吹飛びました。ワルツです。デンマークのワルツだそうです。快いメロディーを、このデンマークのフィドラーは大きな動作で、ユーモアすら漂わせて、朗らかに弾いてゆきます。クラシックの素養もあるらしく、音量のコントロール、フレーズの決めが鮮やか。メリハリが効いて、まことに粋なフィドル。男二人だけ残ると、音楽はますます美味しい。このギターの芯の太さは、アイルランドやブリテンでもなかなかいないぞ。それにうたい手としても一級品。一体こいつら何者だ。デンマークにこんな連中がいたのか。ジグ、リールもあるらしいが、何よりポルカがいい。7拍子の曲まである。これがデンマークの曲なのか。スカンディナヴィアにも通じるが、どこかが違います。やはり「南」、北欧の中の南の明るさでしょうか。その後、本番のラ・ボッティン・スリアントはもちろんすばらしかったけれど、「発見」の喜びと短すぎる「前座」の欲求不満も重なって、デンマークにハウゴー&ホイロップあり、との認識は深々と刻みこまれたのでした。

  ハラール・ハウゴー、1975年生まれのフィドラー。モーテン・アルフレズ・ホイロップ、1961年生まれのギタリスト/シンガー。二人のライヴを見てすぐに思い出したのはマーティン・ヘイズ&デニス・カヒルでした。それぞれに卓越した二人の音楽家が、宿命によって引き合わされ、1+1が10にも100にもなる。二人の「おしゃべり」が、そのまま類稀なる音楽となって、聞くものももろともに別世界に引きずり込む。違いはもちろんあります。ならべてみると、ヘイズ&カヒルは内向的、一点収束型で、ジャズ志向。ハウゴー&ホイロップは明るく外向的開放的で、どちらかといえばロック的。しかし、それはむしろ当人たちの性格によるもので、二人のやり取り、会話が地を満たし、天を動かすところは変わりません。

 一回り半、年の違うこの二人がいかにコンビを組むことになったのでしょうか。モーテンの言葉を借りましょう。

 「1998年に第19回ヨーロッパ放送連合フォーク・フェスティヴァルがスロヴェニアで開かれて、そこへデンマーク代表としてある若いフィドラーが送られることになった。ハラールはすでに伝統曲とロックをミックスしてエネルギッシュに聞かせるユニークな存在として頭角を現していた。始めは予算の関係からも一人で送る予定だったんだが、ハラールはリズム楽器でしっかりしたバックアップができる人間が必要だった。ぼくはデンマーク放送で永年フリーで仕事をしていたんだが、ある時本社の食堂に座っていると担当プロデューサーで、フォーク・ミュージックの専門家でもあるアランがやって来て、ハラールにギターでバックを付けるのはどうだと言うんだ。ぼくの方はいずれにしてもジャーナリストとして同じフェスティヴァルに行くことになっていたから、現実的ではあるわけだ。食えないやつだよ、アランは。ぼくはこんなに若いミュージシャンと一緒にやるというのは気が進まなかった。が、こちらはフリーの立場だし、二、三回やっても害はないと思うことにした。後で聞いたらハラールも老人とやるのは願い下げだと思っていたんだよ。

 「ところが奇妙なことに、いざ会ったとたん、がらりと変わってしまったんだ。たがいに音楽面ばかりでなく、個人としても相手に敬意を抱いたんだな。音楽に対する考え方も同じなら、音楽の持つダイナミズムの可能性が大好きなのも同じ、目指すところも一緒で、伝統の枠の中で自由にふるまえると同時に、必要ならその枠を破ることもためらわない。こんな風に一緒に『スイング』できる人間に出会えることは滅多にあるもんじゃない。捕まえたら放しちゃダメだ」

 こうして意気投合した二人は、スロヴェニアに行く前に、国内のある小さなフォーク・フェスティヴァルでテストをします。ハルケアというこのフェスティヴァルにはブリテン、スカンディナヴィアの優れたミュージシャンが来ることで有名でした。デンマークでもフォーク・ミュージックといえばケルトと相場が決まっていて,二人の演奏も50分1回だったものが20分ずつ2日間に分けられます。再びモーテンの言葉。

 「金曜の晩は4つのバンドが出る予定で、最初は名前を忘れたけどアイリッシュのバンドで、次がぼくらだった。で、ぼくらはそのアイリッシュ・バンドがやらなかったことをやろうと決めた。つまりメリハリをつけたんだ。パワフルに演奏するとともに、静かな曲もやった。これ以上ないほど美しい曲もやれば、荒々しい曲もやった。まじめにやるとともに、笑いもたくさんしかけた。観客はそりゃ驚いたよ。何の期待もしていなかったからね。そのうち、デンマークの二人組が外国のビッグ・ネームに負けない演奏をするもんだから、大いに喝采してくれた。おかげで翌日の晩は三番手に昇進したよ」

 ぼくが見たのもまさしくこの通り、緩急高低動静自在の演奏であり、独自のレパートリィと相まって、ブリテンにも、スカンディナヴィアにも、あるいは他のヨーロッパ大陸諸国のどこにもない、まことにユニークな音楽でありました。そのことはまた、このCDを一聴すれば納得されることでしょう。
 こうして二人は数週間後、スロヴェニアのフェスティヴァルに参加し、そこでの反応にも大いに励まされて、本格的にデュオとしてやってゆくことに決します。以後、年平均200本近いライヴをこなしながら、Duo for Violin & Guitar (1999)、Let's Dansk(ドイツ盤のライヴ 2001) を発表。そして、お手元の本作が3枚目のCDになります。

 デンマークといえば、ハンス・クリスチャン・アンデルセンの国、というのがまずわれわれが抱くイメージですが、地図を見ればおわかりの通り、ここはヨーロッパの十字路でもあります。ために、音楽の上でも様々な地域の影響が流れこんでいて、18世紀までのフランス音楽、18世紀末から19世紀前半のブリテンの音楽、その後のドイツの音楽の影響はことに大きいそうです。フィンランドのシベリウス、ノルウェイのグリーグに匹敵するのがカール・ニールセン。デンマーク第3の都市、中央部フューン島のオーゼンセにはカール・ニールセン・アカデミーがあり、クラシック音楽とともに、近年伝統音楽のコースが設立されています。ハラールはアカデミーの卒業生であると同時に、伝統音楽科設立に当たって招聘され、現在準教授(教授と助教授の中間)として、後進の指導にもあたっています。
 写真の通り、30前の年齢よりさらに若く見える童顔のハラールは生まれはオーゼンセですが、幼少時は北西部の村ハーンドロップで育ちます。7歳でクラシック・ヴァイオリンを始めますが、一方でユトランド半島中部でフィドラーだった祖父とともに伝統的ダンス・チューンも演奏します。地元の少数の同好の士とバンドを組み、あるいは古楽、クラシック、ロックなどの音楽やドラムス、ベース、ピアノなどにも手を染めた後、カール・ニールセン・アカデミーに入学。転機はここで訪れました。クラシックの教育を受けるうちに、どうしても伝統的フィドルも弾きたくなったハラールは、クラシックの教官から伝統音楽の教官へ、移ることを許可されたのです。アカデミーでもこれは初めてのことであったそうですが、クラシックと伝統音楽双方のスタイルを自在に往来できることはハラールのフィドルに独特の輝きを与えています。
 アカデミーを卒業後、1994年から4年間、革新的フォーク・バンド DUG に参加、さらにテクノとフォークをミックスするバンド、ソーテン・ムル、フュージョン・ロック・バンド、セラスと、編成も志向も様々なバンドで活躍してゆきます。現在はほとんどモーテンとのデュオに集中していますが、Serras での活動は続けている由。こうした活動がスロヴェニアでのフェスティヴァルへの派遣につながるわけですが、モーテンとのデュオこそは、いわばこれまでのハラールの活動の一つの総決算ともいえるでしょう。

 キャリアの総決算、ということでは相棒のモーテンにとっても同様です。出身はコペンハーゲン。父親フィン・アルフレズ・ラーセンは優れた蛇腹奏者兼シンガーとして知られ、結婚式やダンス・パーティの伴奏者として各地に呼ばれていました。そのリズム・セクションとしてギターを持たされたのが、音楽の手ほどきでした。出身地シェラン島の伝統音楽の中で、いわば現場でたたき上げられたわけで、こうした彼が正規の音楽教育を受けたハラールと息が合うのも音楽の妙味でしょう。30年におよぶキャリアの中で、ブリテン、北欧、北米(含むフレンチ・カナディアン)等々の音楽を吸収し、多彩な音楽言語を身につけています。共演者の中にはアンディ・カッティング&クリス・ウッドなどの名も見えます。
 彼はまた映画・ドキュメンタリー・テレビ音楽の作曲も多数手がけ、プロデューサー、オーガナイザー、ジャーナリストとしても活躍し、デンマークのフォーク・ミュージック協会の重鎮でもあります。まさにデンマーク・フォーク・シーンの柱石、ドーナル・ラニィとアンディ・カーショウとイアン・アンダースン(『fRoots』誌編集長)を合わせた存在とも言えましょうか。

 本作は今年度のデンマーク・グラミーの最優秀フォーク・アルバムを受賞しました。同時にハラールは同じ賞の最優秀フォーク・インストルメンタリストにも選ばれました。なお、モーテンの父親も最優秀伝統歌謡アルバム部門で受賞しており、親子同時受賞というのは史上初だそうです。
 二人はドイツのプラウエンで来年1月に開かれるヨーロッパ・フォーク賞にノミネートされています。ヨーロッパ全土からベスト10のバンドがノミネートされ、専門家とリスナーからなる審査員によって最優秀バンドが選ばれるもの。つまりはかれらは現在全ヨーロッパで10指に入るバンドと認められたわけです。
 同じく来年1月には今年と同じくグラスコーの「ケルティック・コネクションズ」に出演。マーティン・ヘイズ&デニス・カヒルとの共演も予定されている由。来年にはまた、多彩なゲストを招いた新作の録音が計画されています。
 今年後半は初のアメリカ・ツアーも予定されており、そして12月、「ケルティック・クリスマス」での来日が決まっています。アイリーン・アイヴァース&ジョン・ドイルとの共演も見られるかもしれません。
 とまれデンマークの音楽は、このデュオによってついに世界音楽の第一線に躍り出ました。かれらの出現はデンマーク音楽そのものを変える可能性をはらんでいます。もう一度アイルランド音楽にたとえるならば、このデュオはプランクシティとボシィ・バンド、そしてマーティン・ヘイズ&デニス・カヒルを合わせた存在といっても過言では無いでしょう。
 ドラマの幕はここに開きます。

2002年文月
大嶋 豊

[付記]
上記で引用したものはハウゴー&ホイロップの公式ウェブ・サイト掲載のものを本人たちの許可を得て、翻訳しました。原文はデンマーク語だけでなく英訳が添えられており、翻訳は英訳によりました。以下をご参照ください。
http://www.hhduo.dk/

With special thanks to Harald Hauggaud & Morten Alfred Hoyrop with their LITTLE help.

 またデンマーク語人名等の発音表記については木村由利子氏のご教示を得ました。むろん、最終責任は筆者にあります。
 
 


リーズ〜灯り 英文ライナー対訳
大嶋豊さん、ありがとうございました!

ハウゴー&ホイロップは、フューン州オーゼンセ出身のフィドラー、ハラール・ハウゴーとコペンハーゲン出身のギタリスト/シンガー、モーテン・アルフレズ・ホイロップのデュオである。伝統音楽はわれわれが育った音楽環境の一部であり、われわれはデンマークの伝統音楽、コンテンポラリー音楽を自分たちなりに編曲して演奏する。

 ミュージシャンとして数多くのバンドに参加してきて、われわれは二人とも内外のクラブやフェスティヴァルでのコンサートだけでなく、ダンスや社会行事でも演奏している。デュオとして組むことは1998年にラジオ・プロデューサーのアラン・クリトガールからやってみてはどうかと提案された。以来、われわれはスカンディナヴィア、
ヨーロッパのほとんど、それにアメリカとカナダをツアーし、アルバム DUO FOR VIOLIN & GUITAR (GOO199) をリリースした。

 そしてこれがその続編である(*訳注1)。デンマークの伝統音楽の美しさと豊富なヴァラエティがリスナー諸氏をとらえてくれることを期待している。かつてわれわれをとらえたように。そして、今なお、演奏するたびに新ためてとらえられているように。

*訳注1
二人のアルバムとしてはもう1枚、この2枚の間にドイツでリリースされたライヴ盤 LET'S DANSK!, Stockfisch Records SFR 357.6022.2 がある。

 ここはやはり2曲のオリジナル・チューンのセットである「リーズ」で始めるのが適当だろう。「リーズ・ポルカ」ができたきっかけは、デンマークの冬の日、それも厳寒の日、数年前寒さが厳しくて海が凍りつき、スウェーデンまで歩いて渡れたときの光である。「リーズ・リール」の方は、ある日の夕方、オーゼンセにあったハラール
の新しくてきれいだが、まだ家具が入っていないアパートの部屋に真夏の光が差しこんでいたときに書かれた。「ノルウェイの馴鹿」はユトランド東部の商業都市ランデルス原産――たぶんこの街で作曲されたはずだ。この地方では、デンマークによる統治――ノルウェイでは「400年の闇」と呼ぶ――がなくなった後もノルウェイとの結付きが強い。

 後に続くのはシェラン島北部産のポルカ「プリンク・プロンク」で――不可解ないくつかの理由から、「有頂天のポルカ」とも呼ばれている。「カルクメネネ」は2曲のワルツで、どちらもそれぞれに「カルクメネネ・ワルツ」と呼ばれている。モーテンは最初の曲をデンマークの恐るべきフィドラー、ハンス・ヨェアン・クリステンセンとそのバンド、メ・ケアリ・ヒルセン(「敬具」の意)から習った。このバンドとその伝説的な師匠イーヴァル・トムセンは、60年代から70年代にかけて、デンマークの伝統的ダンス・ミュージックの復興に中心的な役割を果たした。

 もう一曲のワルツはハラールが「カルクメネネ・ヴァルス」として知っていた曲。ユトランド北部のヒンメルラント産で、「ニールス・クラウス・ワルツ」に対応するものでもある。

 「カルクメネネ」は「カレマンネン」の訛った言葉かもしれない。後者は村の中で、パーティや祝いごとに人びとが招待されるよう面倒を見る役をになう人物を指す。彼はまたドア口に立ち、禁じられたメヌエットの演奏をやめさせようと役人が現れると警告を発する。貴族だけがメヌエットで踊ることを許されており、村人が対等になろ
うと考えようものなら……そこでカレマンネンが警告の叫びを上げると、ミュージシャンたちはワルツに切替えた。そこから「カルクメネネ・ワルツ」のタイトルがついたのだろう。

 コペンハーゲンの旧市街に ローセンゴーァン(薔薇園)があり、かつては売春婦や掏摸がいばりくさって立っていた。今では流行の先端を行くひと続きの歩行者天国の一部で、観光客をはじめとして首都を訪れる人が集まるところだ。

 その中にあって、パブ「ローセンゴーァンス・ボデガ(酒場)」は古くからのどっしりした構えを崩していない。モーテンも永年ここの常連だが、その暗い片隅に、額に入った「ローセンゴーァンに」の歌詞とメロディが掲げられている。

 「ローセンゴーァンに行ったよ/そこのメイドに惹かれて/野原に咲くのは百合と薔薇/百合よりもずっときれいなのは/若いメイドたちの手/その指が弦の上を動くとき」

 B・S・インゲマンの洗練された(ほんとうか?)詩に謳われているのは、ローマのテヴェレ川にかかる空の星より遥かに美しいある娘だ。このロマンティックなバラッドの前後を包んでいるのは、そのためにモーテンが書いた曲。それにふさわしく「テヴェレ川からの三角州」とタイトルが付けられた。

 「ロービィ・ホプサ」はユトランド東部産で、その後にホプサをもう一曲「靴屋のショティッシュ」または「スティックダンス」と呼ばれるフューン産の曲を続けた。ハラールの弟ピーターは優れたダンサーで、彼がスティックを「敵」に対して振るい、「スティックダンス」を「戦いのダンス」として踊るとき、ハラールはよく伴奏を付ける。そして、時には曲のペースを上げることもある。ほんの少しだが……

 「曽祖母の歌」。どこからともなくふっと湧いてくる曲の一つ。タイトルはモーテンが3歳半になるその息子とかわした死についての会話から思いついた。「哀しみと歓び」も古い聖歌で、デンマーク人ユッテ・イェンセンとスウェーデン人マッツ・ウィンドセルの結婚式で聞いた。この上なくすばらしいこの曲は、哀しみと歓びは別々のものなどではないという単純な事実を謳っている。もともとこれは中央ヨーロッパ産の古いサラバンド。

 その次も聖歌で「めでたし、めでたし」。

 「めでたし、めでたし、平安に達した魂は。ただ、誰もいつその日が来るかはわからない、太陽が沈むまでは」

 というのがB・S・インゲマンが1843年に書いた残酷な歌詞である。この詞を愛する人は多いが、同じくらい多くの人から毛嫌いされてもいる。A・P・ベアグレーンが、古く美しいフォーク・チューンを使って曲を付けた。われわれは曲に三つ目のパートをつけ加え、バロックにヒントを得たダンス・チューン2曲と結びつけた。「リーバス#8」はリーバの楽譜集から取ったもの。リーバは18世紀後半、フューン州スヴェンボーに住んでいた商人でミュージシャン。彼の楽譜集が特別なのは、音楽だけでなく、ダンスの説明――あいにく英語とフランス語だが――が付いているからだ。"Murkys #40" は1760年のラスムス・ストームの楽譜集から。ストームはフューン州フォーボー出身のミュージシャンで、貴族だけでなく、庶民のためにも演奏した。われわれはこのセットにもう一曲、南西のファンオェー島産の陰鬱な「花嫁のための二番目の曲」を加えた。最近までファンオェーはデンマークでも最も大きな船乗りの街のひとつとして栄えていた。

 「熊の鎖」は鎖を切って逃げた舞踏団の熊の話からタイトルが付けられた。鎖の切れ端がなお足首に巻き付き、じゃらじゃらいっていたし、熊は少し足を引きずってもいたが、とにかく自由になったのだった。

 ラング・リンケン・トリオのカール・エーリク・ルンゴーはダイアトニック・アコーディオンのすばらしい演奏家である。ある日、フューン州トメロップの彼の家をモーテンが訪ねると、彼は5パートからなる、魅力的で一風変わった曲に取り組んでいた。二人してその曲を3パートに作り替え、胸を張って「王様のダンス」と名づけたのだった。

 "Holmstrup Firtur" と "Osterbo Kontra" をハラールはばらばらにしてより合わせ、一曲に仕立て直した。最初の曲はシェラン島ホルムストロップ産で、イングランドとフランスの音楽とダンスがひじょうな人気を持った時期まで遡る曲。二曲目は北部の島モース島産である。

 「土曜の夜に」は甘苦い恋の歌で、おそらくデンマークのバラッドでもっとも人気が高い歌だろう。女は恋人を待っている。そしてドアの開く音が聞こえるたびに、かれではないかと思うのだが、この土曜の夜に、男はついに来ない。そして翌日の朝にも教会へは来ない。

 「あなたは教会へは来ないのね/誰か他の人に恋しているから/わたしのことなど忘れてしまったのね」

 家に向かって一歩歩くごとに大粒の涙が教会の床に落ちる。ただ一人帰るのは、婚約したとき、男がくれた赤いリボンを隠すため。そして娘は血の涙を流して訊ねる。

 「バラも生えないところで、どうしてバラが摘めるというの/愛も住まうことのないところでどうして愛が見つかるというの」

 「モリス・フィールド」は1999年の最初のアメリカ・ツアーの時に作曲した。われわれはニューヨーク市、ニュージーランド、コネティカットで演奏した。そして夏の終わりの焼けるようなある午後、モリスタウンという小さな街で、冷たい飲み物を探していた。その時、ハラールの頭にある曲が閃いたのだが、驚いたことにそれはデンマークの冬の歌「野と沼地を覆う雪」だった。もう一度閃きが起こり、そうして「モリス・フィールド」ができた。Mollers trekant はわれわれが二人とも共演したことのあるデンマークのダイナミックな打楽器奏者フレミン・クヴィスト・メラーのために書いた。3曲目は伝統曲のリール「ファイア・マンズ・リール」で、これもモース島産である。

 アルバムの最後に入れたのはストームの楽譜集から取った曲だ。「フランスのメヌエット」は、フランスに何か関係があると信じられる理由はまったく何も無い。"ro/dgro/d med flo/de"(訳注2) と同じくデンマーク産であることはまず間違いのないところ。そしてデンマークの伝統曲と現代曲を集めたこのアルバムを締めくくるのにふさわしく、美しい。このアルバムを聞いて楽しまれんことを。われわれ自身はここに収めた曲を演奏するのを心から楽しんだし、世界中を回りながら自分たちの音楽を演奏することを可能にしてくれた――そして今も可能にしてくれている――人たちに感謝したい。

訳注2=「クリームをかけた赤い果物の煮物」だそうである。極端に発音が難しく、デンマーク人が外国人をからかうネタに使われる。

(中略=様々な人びとへの謝辞)

 そして最後にではあるが、何世代にもわたって音楽を生かしつづけることに貢献してきたすべての人びとに、その音楽に耳を傾け、利用し、そうすることで音楽を形作り、展開することに参加してきたすべての人びとに、小さくはない、心からの感謝を捧げる。

ハウゴー&ホイロップ

翻訳:大嶋 豊

2002年長月

※デンマーク語のカナ表記については木村由利子氏のご教示を得た。記して感謝申し上げる。もちろん誤りがあれば大嶋の責任である。