KYEED UP SPECIAL

ヨーロッパで、もっともかっこいいアコースティック・バンドの一つにあげられるのが、ヴェーセンだ。
ワールド、ジャズ、クラシック・・ありとあらゆる音楽ファンにアプローチするオール・アコースティック・インスト・バンド。
信じられないくらいパワフルな演奏と、緻密なアレンジ、アップテンポの曲から、スローで泣けるワルツまで、聴くものをグイグイとその世界へ引きずりこむ。

基本編成は、ニッケルハルパのウーロフ・ヨハンソン、ヴィオラのミカエル・マリーン、そしてギターのローゲル・タルロートのトリオ。
それに時々パーカッションはイタリア系のアンドレー・フェラーリが加わりカルテットにもなる。

北欧発のCDでは名前を見かけることが多いメンバーは、
あちこちのセッションに、レコーディングに、ツアーにと引っ張りだこの超一流ミュージシャンたち。

テクニカルメリットは高いことで定評がある北欧にあっても、その中でもこの四人はグッと抜きん出ている。

89年、オリジナル・ヴェーセン結成。結成当初のメンバーは、ウーロフ、ミカエル、ローゲルの3人。
この3人が集まってウーロフのソロ・アルバム、そのタイトルも「ヴェーセン(スウェーデン語で、Spritsとか、本質とか、精神といった意味)」を制作。
これがバンド名へと変わって行く。
この作品をふくめ、94年までこのフォーマットで3枚のアルバムを発表。95年にラジオでのライヴを収録したアルバムをリリース。

97年にヴェーセンは、ノルドマンというスウェーデンのロックバンドのサポートした事がきっかけとなり、
一時期、ドラムとベースをいれた音楽制作を手掛けるようになる。
この試みはヴェーセンVと呼ばれるが(ちなみにこの時期の音が、アメリカ盤のベスト盤で何曲か聴くことができる)、
けっきょく実験の域を出ることはできず、そのままバンドは、
当時ノルドマンのドラマーだったアンドレーがパーカッションという形でバンドに留まるという結論に達する。

これで現在のヴェーセンのフォーマットができあがる。
そしてアンドレーの参加によって、バンドは、伝統音楽よりも、自作曲を中心に演奏するバンドへと発展していく。

そして97年発表した「ヴェルデンス・ヴェーセン」で、バンドはスウェーデンのグラミー賞を獲得、一躍シーンのトップに踊りでることになる。
99年「グロント」、そして2000年「ライヴ」を発表。

「どうやって演奏しているのか分らない」と説明されるそのコンサートは、とにかく驚きの連続だ。

まさにヨーロッパを代表するトップバンドとして、圧倒的な存在感をほこる。すごいぞ、ヴェーセン!!!




ウーロフ・ヨハンソン(ニッケルハルパ)
Olov Johansoon (Nyckelharpa)

ウーロフは、ストックホルムの北にあるウップランド地方の出身。ここは、古くからニッケルハルパの伝統が息づいている場所として有名。
1990年にはじめてのニッケルハルパのワールド・チャンピオンとなる。
ウーロフは、14才のころから、この伝統楽器を年寄りのプレイヤーたちに教わりながら演奏を続けてきた。
(ちなみに14才でスタートというのは、ウーロフによると遅い方だという)
84年にNational Master Musicianの称号も与えられ、89年にViksta-Lasseというスカラーシップも受けている。
クロノス・カルテットなどとも共演経験あり。
またストックホルムの王立音楽大学やニッケルハルパの伝統音楽を教える学校で、新しい才能の育成にも力をそそいでいる。

ウーロフとローゲルが、出会ったことが、ヴェーセン結成のきっかけとなった。
二人はノルウェーのウインターマーケットいうフォークミュージシャンが多くあつまるイベントで出会ったらしい。
一緒に演奏をしよう、と先に声をかけたウーロフに、ローゲルは「僕はこれからシャワーを浴びるから、だめだ」といったんは断るが、
たまたまシャワーが満員だったため、ローゲルは、ウーロフと演奏しはじめる。
これが、なんと翌朝までつづく大セッションとなり、そばにいた人が「よし、オレがレコード会社をつくってこれを録音する!」と宣言した。
これが、現在、スウェーデンの中堅どころのレコード会社としてがんばっているDRONE MUSIC・・という逸話は、
ヴェーセンファンの中では有名。

素語のウーロフ:真面目で優しいウーロフは、あらるゆ意味でバンドの看板男だ。
身長は大男揃いのヴェーセンの中でも一番高く197cmもある。手足もものすごく長く、指も長くて細くてとても綺麗。
アウトドアが大好きで、カヌー、スキーなどスポーツに精をだしている。プライベートでは、3人の子供のお父さん。

機械類が大好きで、手先がものすごく器用だが、何が持ち上がって何がどうなるという構造が好きなのであって、
コンピュータ類にはそれほど興味がないみたい。
つまりニッケルハルパは、ウーロフにぴったりの楽器だったわけだ。
ニッケルハルパが旅先で壊れても自分で修理できるらしい。

繊細なルックスからクラシック系の人かなと思いきや、クラシックの要素は皆無で、かなりの純正トラッド体質。
実際あれだけロックっぽい音楽をやっていながらも、ヴェーセン全員かなりトラッド体質だと思う。
さらにウーロフの場合は、田舎の環境のよい家庭で、のびのび育ったんだろうなという印象をうける。
お父さんは木工職人、お母さんはマンドリンやオルガンを演奏していたのだそう。
お母さんの家系はミュージシャンが多かったとか。

物静かなウーロフはあまり自分から必要以上にジョークを言ったり、無理に人を笑わせようとすることはない。
自分がよく知らない人にわざわざ話しかけるようなこともしない。
でもなんでも一番正直に顔にでたり、仲良くなった時にバンドの裏話を聞かせてくれるのはウーロフだ。
だからヴェーセンのメンバーの中で一番オープンで可愛い性格は彼だと思う。
とにかく笑顔に絶対にウソがないから、あの笑顔を向けられると、
なんでも言うことを聞いてあげてたくなってしまうのは、私だけか?(笑)

名前のウーロフのウはオに近く、ウの位置にアクセントが来る。
棒引きはあったほうが本当の発音に近いと思う。
最後のフはヴに近い発音になるのでカタカナ表記が難しい。
ヴェーセンもエの部分にアが混ざり、棒引きが入るか入らないかはかなり怪しい。ヴァッセンという表記のほうが近いかも。




ミカエル・マリーン(ヴィオラ)
Mikael Martin (Viola)

ミカエルは、ストックホルムのまん中で産まれ、
その後9才からウーロフと同じウップランドへうつり住み、フォークミュージックを演奏しはじめる。
シューンベルグからビートルズまで彼に影響を与えたアーティストは、実に幅広い。

ストックホルムの国立音楽大学を卒業すると多くの交響楽団に入って演奏活動を続けてきた。
レナード・バーンスタインのオーケストラのメンバーに選ばれたこともある。
83年にNational Master Musicianの称号を与えられている。
ウーロフとミカエルは、80年代の半ばから一緒にフォークミュージックの演奏をしはじめていた。
ヴェーセン以外にも古楽系のバンドやクラシック、他の伝統音楽バンド、無声映画にチェロと二人で音をつけたりと、
ミカエルの音楽活動はいつも充実している。

素顔のミカエル:絶対にミィーカエルと書いたほうが本当の発音に近い。メンバーからはミッケと呼ばれている。
ローゲルはステージ上や英語を話す場では「マイケル」と英語呼びすることもある。
いつもニコニコしていてナチュラル派のミッケは、みんなの人気者。とにかくナチュラル。
風のような人で、ある日突然、ミッケが東京の街を歩いていたとしても、それはそれで自然な気がする。
どんな街にも自然と溶け込んでしまいそうなミッケ。
性格は優しくてミッケの悪口を言う人などはこの世に絶対にいないと思う。

演奏される音楽のとおり、あふれるイマジネーションでお料理の腕も天才的。
ジョークのセンスも抜群で、人をからかうのが大好き。
二人兄弟のミッケだが、弟さんのほうは、どちらかというと辛らつでキツいジョークを連発しするのだそう。
(ちなみにトリオ・ヴェーセンはメンバー全員、長男の長男バンド・・だったと思う、たしか。なんか分かるような気がする。)

ナチュラルでありながら、ものすごくインテリなミッケは、場の空気を読むのも天才的に上手い。
だからミッケにはどんなウソもバレてしまいそうだ。
お父さんは、絵書きでリベラルな思想を持ち、かなり自由な雰囲気の中で育った。
お母さんはミッケの音楽的才能を早くから見抜いていて、
毎週月曜日の夜、車を運転してマスターフィドラーたちの家にミッケを連れていってくれたのだそう。

2004年の来日で、一番日本の文化に興味をしめしていたのも、ミッケで、とにかく何ごとにも好奇心旺盛。
新しいものを食べてみたり、試したりするのはミッケの役目。
他のメンバーが、そんなミッケをじーーっと見ながら「どうだった?」と感想をたずねるとスウェーデン語でなにやら説明するミッケ(笑)。
納豆も平気な顔をして食べていた。

最新の機種の携帯電話に新しく覚えたトラッドのメロディをいくつも録音している。
ヴェーセンの中でも一番、トラッドの研究に精通していて、学者みたいに詳しい。
実際ものすごく博学で、いろんな事を知っているのに、それをひけらかしたりとか絶対にしない。
ワインについても詳しいので、ミッケとご飯を食べにいくときはワインは彼にまかせるのが一番いい。
全メンバーの音楽的(ワイン的)信頼はとても厚い。




ローゲル・タルロート(ギター)
Roger Tallroth (Guitars)

独自のチューニング法(A-D-A-D-A-D),と、そのスタイルで、ローゲルがヨーロッパの伝統音楽シーン全体に与えた影響は多大だ。
13才のころからギターを本格的に弾きはじめ、音楽大学を卒業後、ギターを教える仕事につく。
現在でもフィンランドの名門シベリウス・アカデミーや、ストックホルムの王立音楽大学で、時々教えてもいるらしい。
数多くのレコーディングや、ツアー、劇場の音楽など、この人の名前のない北欧のCDを見つけるのは、非常に難しい。
ノルウェーのアンビョルグ・リーエンバンドのレギュラーメンバーで、
アンビョルグのライヴ盤「エイリアンズ・アライヴ」に収められている「Knepphaling」では、演奏途中でギターの弦をブッチ切るものの、
そのままベースラインを弾きながら、ものすごいテクニックで復活してくるローゲルの様子が録音されている。

ローゲルの書いた曲は、ダーヴィッシュやジョン・マカスカーなど、ケルト圏のアーティストにも広くカヴァーされている。
美しいワルツ「Josefin's waltz」は、ダーヴィッシュの「AT THE END OF THE DAY」や、ベスト盤「デイケイド」に収録され、
コンサートでも人気のあるレパートリーの1曲。
ジョン・マカスカーの方は、ヴェーセンもレコーディングしているジグだが、これもローゲルのペンによる作品。

素顔のローゲル:楽しくて明るいローゲルはバンドのスポークスマンだ。
ヴェーセンのメンバーの中で、一番男らしく、決断力のあるカッコいいローゲル。ナチュラルボス体質といってもいいかもしれない。
打ち上げのスピーチや、スコール(乾杯)、そしてどのお酒の歌をみんなで合唱するか、
バンドを代表して、みんなの言いたくないことを私に言ってくるのもローゲルが一番適任だ。

ヴェーセンと知り合いになった人が一番最初に仲良くなれるのは、まずローゲル。
ジョークを言う数はバンドの中でも一番だが、クオリティ面を考慮するとミカエルに負けるかもしれない。
そのミカエルと一緒になるとローゲルのジョーク熱はさらに助長される。
二人のジョークの応酬で、とにかくヴェーセンといると笑いがたえない。

ローゲルは、場をなごませたりするのが大の得意だから、ローゲルがいるだけで、みんなが幸せな気分になれる。
そしておそらく本人もその場にいる人が全員幸せか、心の中で厳しくチェックしているに違いないのだ。
8歳から9歳くらいのころに、おじさんのギターを手にしてから、その楽器に見せられ、
いろいろ研究をかさね、今ではオリジナルなチューニング方法をあみ出してしまった。
いろいろ研究するのが好きな体質かも。フィドルも本格的に弾いていて、かなりの腕前でレコーディングもある。

買い物が大好きなローゲルだが、ローゲルによるとアンドレの買い物熱のほうがすごいのだそう。
買い物の仕方はその演奏のようにワイルドで、迷うことなく品質良く高いものを男らしくドンと買う。
細かくてくだらないものは絶対に買わない。
だが、けっこう海外ツアー先でワイルドな買い物をしてきては、
帰宅後の奥さんの厳しい視線を気にしているという噂もあるが(笑)本人はそれを強く否定している。
家庭ではとってもナイスなパパらしい。実際こんな人と結婚したら間違いなく幸せになれると思う。
 



アンドレー・フェラーリ(パーカッション)
Andre Ferrari (Percussion)

96年からヴェーセンの正式なメンバーとなったアンドレーは、スウェーデンでもっとも忙しいミュージシャンの一人。
ものすごい量のセッション、レコーディング、ライヴに参加している。

ストックホルムの王立音楽大学とアメリカのバークレーを卒業し、ジャズ、ポップ畑から、パンクバンド、
そしてクラシックのオーケストラなどなど、その幅広さは、まったく節操なし。
先日、シセル・シェルシェブーのヒットアルバム「心のままに」を見ていたら、彼の名前を発見した。

祖父母がイタリア系で、フェラーリと言うファミリー・ネームだが、本人は、生まれたときからの生粋のスウェーデン人。

また、一方で、かなりアーティスティックでブッ飛んだ性格でもあるらしい。ヴェーセンに入る前は、ずっとドラマーで、
パーカッションはあまり興味がなかったらしい。

ヴェーセンに入ってから、ありとあらゆるものに手を出すようになり、今では、エスニックな打楽器にこりまくっているそうだ。

バンドメンバー以外で無人島に一緒につれていきたいミュージシャンは?という質問に「ジャズのサックス奏者のJoakim Milder。
僕が考えられるかぎり、もっとも完璧なミュージシャンだ。彼が演奏するとき、それはいつも聴くものの期待を大きく超えるものが生まれてくる」
 



ヴェーセン年表

1980年代
ウーロフと、ミカエルは、幼馴染みでティーンエイジャーの頃から一緒に演奏をしていた。ミカエルとローゲルは、ヴェーセンを結成する前からも知り合いだった。

1989
ウーロフとローゲルが、ノルウェーのフェスティバルで出会う。一晩中演奏した彼等は、夜明け前にはレコードディールを獲得する。

1990
彼等の最初のCDウーロフのソロアルバム「ヴェーセン」が発売になる。各地のコンサートプロモーターが、ヴェーセンという名前でブッキングをしてくる事に気がついた彼等は、これが、バンドの名前だと、気がつく。

1994
ノールドマンというグループが、スウェーデンのチャートで大成功をおさめる。このバンドは、ヴェーセンをしたがえて、フォークとロックを合成させた音楽を演奏していた。ヴェーセンは、ノールドマンと一緒にツアーをし、このとき、ノールドマンのドラマーであったアンドレと3人が出会う。

1996
アンドレがグループの正式メンバーとなる。

1997
彼等の5枚目のアルバムとなる「ヴァルデンス・ヴェーセン」を発売。ノルウェー、デンマーク、フィンランド、イタリア、フランス、そしてスウェーデンをツアーする。アメリカとカナダでレコードがNorth Sideから紹介されるようになる。初のアメリカ/カナダツアー。

1998
「ヴァルデンス・ヴェーセン」が、フォークミュージック/バラッド部門で、スウェーデンのグラミー賞を獲得する。ヨーロッパ中をツアー。2度目のアメリカツアー。

1999
フランスの有名な音楽エキシヴィジョンMIDEMで、演奏をする。2度にわたるアメリカツアー、ヨーロッパツアー。8枚目のCD「グロント」発売。スウェーデンを1ケ月にわたるロングツアー。バンドは結成10周年。

2000
アメリカのラジオなどに出演のため、ふたたび渡米、その後、4月にツアー。

2001
アメリカでレコーディングしたライヴ盤を発売する。

2003
アンドレが海外活動をやめてしまったのを理由にトリオでの活動も再開させ、その名も「トリオ」という新作を発表する。

2004
2月 日本特別編集のベスト盤を発表。
4月 初来日(東京、大阪、松阪の4公演)
9月 新作「キード・アップ」発売

2005
1月 2度目の来日公演(東京、名古屋、大阪、武蔵野 6公演)
8月 1月にレコーディングした音源から「ライヴ・イン・ジャパン」を発売

2006
6月 3度目の来日公演(東京、奈良、武蔵野 4公演) ゲスト:ヨーラン・モンソン

2007
5月 「リネウス・ヴェーセン」
11月 4度目の来日公演


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