あの壮大な2枚組『ライヴ・イン・パリ・アンド・トロント』からもう4年が、一番新しいオリジナル・アルバム『ブック・オブ・シークレッツ』からとなると、もう6年が経ってしまった。デビュー以降2〜3年に1枚のペースで作品を届けてくれていた彼女だから、もうそろそろ次を、と本当は思いたいところだけれど、その願いはまだ届きそうにない。
かねてからロリーナを聴いてきた方ならご存じかもしれない。彼女は1998年に婚約者を水難事故で失ってから、一切の音楽活動をやめてしまっている。いや、正確に言えば、『ライヴ・イン・パリ・アンド・トロント』は1999年9月の発売だから、それにかかるさまざまな行程には、事故後も関わっていたのかもしれないが、創作物として新しいものを世に送り出すというまでには、まだ至っていない。あるいは、もう2度とそれはないのかもしれない。本人にもわからないだろう。『ブック・オブ・シークレッツ』のレコーディングを見学させてもらった時に感じた、まるで音楽以外の雑念を振り払うかのように集中しサウンドを構築してゆく完璧主義者的な彼女のこだわりが、その事故によって乱れたのは、想像に難くない。これからのことは、神のみぞ知ること。彼女の次なるステージを信じて、今はただ、これまでの名作の数々を聴き続けるしかない。
ロリーナは、カナダはマニトバ州モーデンの生まれ。その姓からもわかるように、ケルトの血を受け継いでいる。アシュリー・マックアイザックやナタリー・マクマスターらを輩出したノヴァ・スコシアを筆頭に、ケルト文化が根強く残っているカナダの大西洋岸だが、マニトバでもパブなどを中心にケルトの伝統音楽は受け継がれていたようで、その少女期の音楽体験が、以後の彼女の音楽人生に大きな影響を与えている。やがて彼女自身も、モーデン付近のフォーク・クラブやホールで歌うようになった。
1980年代初頭になると、オンタリオ州ストラトフォードに移住。そこは大規模なシェイクスピアのフェスティバルが開かれる町で、移住はフェスティバルに役者、作曲家、歌手として参加するためだった。82年に『THE TEMPEST』、85年に『THE TWOGENTLEMEN OF VERONA』などを手がけている。さらにその後トロントへ出てバスキングも経験。地道な活動が実を結び、やがて彼女は海外で開かれる万国博にカナダ代表として出演、演奏したり、フォーク・フェスティバルで歌うようになる。そして、小規模ながら自分がメインのライヴを開くまでになった。
1985年、ソロ・ミュージシャンとしての本格的なスタートを決心したロリーナは、自身のレーベル“クインラン・ロード”を設立。同年にファースト・アルバム『エレメンタル』を発表する。その後の輝かしいキャリアの幕開けを飾ったデビュー作だが、その手法はまだまだシンプル。ただひたすらにケルトの大地を見つめる。「ブラックスミス」「シー・ムーヴド・スルー・ザ・フェアー」「キャリックファーガス」など7曲がトラッド、残る2曲はウィリアム・バトラー・イェイツとウィリアム・ブレイクの詩にロリーナが曲をつけた。シェイクスピアをきっかけに身に付けたのだろうこの手法が、際立って素晴しい。
1987年の第2作『ドライヴ・ザ・コールド・ウィンター・アウェイ』は、アイルランド、スコットランド、イングランドのキャロル集。なんといっても1曲目、18世紀イングランド産のトラッド「クリスマスを讃えて」の美しさが、何度聴いても心を揺り動かす。スタジオを使わず教会やホールで録音したことで神秘的な残響が漂う音空間が生まれ、シンプルな編曲により、彼女自身によるハープの音色も、より堪能できる。数々のキャロルに混じって収録された3曲のオリジナルも、伝統曲の美しさに全く負けていない。
この頃のロリーナは、その表面的な音楽性から、よく“カナダのエンヤ”と紹介された。もちろん、共にケルトという揺るがぬルーツに根を張っているし、その透明感やシンセサイザーの音色からは、たしかにある程度の共通性が感じ取れる。
しかし、その後彼女は、音楽をもってエンヤとの資質の違いを、そして無二の個性を明らかにしてゆく。その最初の試みとなったのが、1989年に発表された『パラレル・ドリームス』。その後彼女の片腕的存在として活躍することになるギタリスト、ブライアン・ヒューズが初めて関わり、前2作では稀薄だったリズムへのアプローチによって、新展開をみせた。ケルトのエッセンスを残しつつ、他文化圏の楽器の使用や自作曲を増やし、音楽家ロリーナの発展の跡を感じさせる。この、ケルトと異文化との融合が、以後のロリーナの音楽活動の一大テーマとなっていく。ターニング・ポイントともいえる1枚。
1990年代は、まさにその才能があふれんばかりに開花した時代。通算4作目、ワーナー・ミュージック・カナダと契約しての第1弾となった1991年『ザ・ヴィジット』では、スケールもアレンジも格段にレベルアップ。ヨーロッパ大陸や中近東への視野の広がりを感じせ、アラブ音楽の旋律やインドの楽器シタールを導入しつつ、前作で見せたリズムへのアプローチの成果もいかんなく発揮する。一方では、プロのミュージシャンとしてのルーツであるシェイクスピアを題材に曲を付けた「Cymbeline」や、トラッドの「Greensleeves」を取り上げるなど、自らの足元もおざなりにはしない。ブライアン・ヒューズは、このアルバムから本格的にサウンド・ディレクションに関わるようになり、クオリティは格段に向上した。
1994年の第5作『マスク・アンド・ミラー』は、『パラレル・ドリームス』以降の音楽的彷徨が遂に結実した濃密な傑作。スペイン、イタリア、モロッコ、北アフリカで吸収したエッセンスのすべてが集約された名盤である。曲作り、アレンジ、録音、どれもがよく練られ、そのクオリティの高さは“カナダのグラミー”と形容されるジュノ・アワード2部門受賞で実証された。ケルトの聖地アイルランドからは御大ドーナル・ラニーが参加、2曲でブズーキを演奏している。
1995年の穏やかなクリスマス・ソング集『ウィンター・ガーデン』は、息を飲むような崇高な音世界を構築してきた彼女が久々に届けてくれた、心に深く染み入るような暖かいミニ・アルバムだ。もちろん、ロリーナの妥協のない音作りへのこだわりも変わらないけれど、有名なイギリスのキャロル「Got Rest Ye Merry, Gentleman(世の人を忘るな)」やセカンド・アルバム収録曲の再演となる「Snow」などを、穏やかに、豊かに歌いあげる。この年にはチーフタンズと共に来日を果たしている。
そして1997年、現時点での最新オリジナル作となる通算6作目『ザ・ブック・オブ・シークレッツ』を発表。アルバム・タイトルが示すとおり、マルコ・ポーロの『東方見聞録』など世界の歴史的な書物に題材を取り、その各地の音楽的要素を盛り込んで作り上げたコンセプト・アルバム。また、ギリシアやシベリアへの旅から得たインスピレーションも大きく作用しており、『マスク・アンド・ミラー』で見せた壮大で濃密な音絵巻をさらに突き詰めた内容となっている。全世界で300万枚以上の売り上げを記録した。
この『マスク・アンド・ミラー』発売後のツアーでのパフォーマンスを収録したのが、1999年に発表されたベスト盤的要素の強い2枚組wライヴ・イン・パリ・アンド・トロント』。彼女の初のライヴ・アルバムで、DISC-1は、『ザ・ブック・オブ・シークレッツ』全曲、DISC2は現在までの代表曲で構成されている。片腕ブライアン・ヒューズに、ベースのダニー・トンプソン、ヴァイオリンのヒュー・マーシュ、ソロ・アルバムが日本でも発売されたチェロのキャロライン・ラヴェルら、天才プレイヤー達をバンドとして従え、完璧な演奏を展開する。ロリーナの歌声もスタジオ盤で聴くのとはまた違った力強い魅力にあふれ、感動的である。
というわけで、これまでに8タイトルのCDを世に送り出しているロリーナ。世界各地への旅から作品へのインスピレーションを育ててゆくという彼女の音楽は、まるで彼女の旅のサウンドトラックである。『ザ・ブック・オブ・シークレッツ』発表後には中国を旅していたというから、例の悲劇がなければ去年あたりには、中国や、ひょっとしたら日本、ひいてはアジア全体を視野に入れたようなアルバムが作られていたかもしれない。しかし、もしも彼女がこれから音楽界に復帰することがあるのな
ら、また違うアイディアがコンセプトになるはずだとも思う。しかし、そのどれもが、今は淡い憶測でしかないのが、やはり残念である。
しかし、そんな憶測をよそに、彼女のこれまでの作品は、何年経っても輝きを失っていない。魂を、全身全霊を込めるように作られた音楽は、そう簡単に色あせるはずがない。今、彼女のアルバムをすべて聴きなおし、いくつかの新たな発見を自分なりにしながら、復活を祈るというより、むしろ、これだけの作品をわずか10年余の間に刻んだ彼女の才能の深さに、あらためて驚きと敬意を感じている。
2003年9月19日 高橋晃浩