(L to R)ケヴィン・クロフォード/キリアン・ヴァレリー/ショーン・スミス/ドナ・ヘネシー/トレヴァー・ハッチンソン
日本公演にもゲスト参加していたイーリアン・パイプのキリアン・ヴァレリーが、昨年の夏に正式メンバーとして加わり、本作でのルナサはクインテットとなった。しかし、「来日時と同じラインアップね」と高をくくってPLAYボタンを押すことは、絶対にお薦めしない。圧倒的な疾走感を身上とするライヴ・バンドという認識、もしくは先入観を、ルナサに対して抱いている場合はなおさらだ(とはいえ、デビュー作がライヴ音源を主体としていたことや来日公演の印象があまりにも強すぎたことを思えば、そう考えるのも当然だが)。ヴォーカルの必要性をまったく感じさせない演奏の完成度はそのままに、本作でのルナサは変わった。プレゼンテーションの懐が格段に深くなり、その懐の奥まで、聴き手をぐいぐいと引き込んでゆくのだ。
急いで言い添えておこう。この新作でも、ファンの全員が「これぞルナサ」と快哉を叫ぶあのアンサンブルは、健在どころかさらに熱度を上げている。かれらならではの熱さに付加されたのは、スタジオにおける怜悧なプロダクションだ。特に目立つのは(フィドル、パイプ、フルートをアンサンブルの上半身とするなら)腰回りにあたるギター周辺が、これまでになく緻密に構成されている点。なのに、どの曲を聴いても小手先の技巧にはまったく流されていない。そんなギターが、アイリッシュ・ミュージック界でも屈指の強靱さを誇るベースと、従来と変わらぬ唯一無二の連携を保ちつつ有機的なリズムを送り出す。本作がかれらの頂点になるとは思いたくないのだが、伝統音楽を熱源とする高体温を一切失うことなく、ルナサは独自の洗練を極めてしまったらしい。
グループ内でルナサ誕生のいきさつなどについては、これまでに発売された二作の日本語解説が詳しく述べているので、そちらをご参照ください。本作で気がついた点を、駆け足でまとめてみる。ゲール語で「喜び」を意味する[1]の〈イーヴナス〉は、典型的なルナサ節といえよう。“上半身”三名が、完璧なユニゾンを基調としながらも効果的な逸脱を聴かせ、それをギターのドナ・ヘネシーとベースのトレヴァー・ハッチンソンが支える。ジグが二曲つづきリールへと繋がるのだが、リズムの変わり目でもブレイクで立ち止まることなくフレーズ主導で処理しているため、バンド全体がひらりと方向転換しながら、瞬時にシフトアップしたような印象を受けるはずだ(これは気持ちいいぞ)。
アップグレードされた腰回りは、[2]で早くも剥き出しにされる。ヘネシーと前メンバーのマクゴールドリックが書いたリール二曲のこのメドレー、複数のギターを重ねて奥行きを与えたバックにラップスティールが薄い音の幕を加えることで、演奏の舞台そのものがいきなり広がった。タイトル・トラックの[4]では、その舞台の上でヘネシーが本格的に暴れはじめる。ギターを弾く人なら、三本のメロディ楽器よりも、バックで絡みまくるギター群の見事さに耳を奪われるだろう。そう、ギターの重ね方の妙が本作の鍵であり、そのためにかれらは(ヘネシーは、と言うべきか)エド・ディーン、デイヴィッド・オドラムという二名のギター奏者をゲストに迎えた。オドラムはフレイムスというロック・バンドのギタリストだが、ディーンの正体は残念ながらわかりませんでした。
ヘネシー作の美しいワルツ〈スカラーンの娘〉に続く[6]は、アイルランド音楽界でもすっかりお馴染みになったガリシアの伝統曲のメドレー。[8]の2曲目はブルターニュだし、厖大なレパートリーから、これぞという曲を取り上げるルナサのセンスの良さは相変わらずだ。かれらは、こうした曲をライヴで繰り返し演奏してアレンジを固めたのち、昨年の秋、ダブリンにあるトレヴァー・ハッチンソンの自宅兼スタジオに入った。本作のベーシック・トラックはライヴ一発で録音され、しかもわずか五日で作業を完了したという。
そんな離れ業ができたのも、[6]や[8]はもとより、[9]の2曲目でもアイルランドらしからぬ(?)豪快なパイプを聴かせるキリアン・ヴァレリーが、メンバーとして定着したからだ。グループ内で実質的なスポークスマン役も務めるケヴィン・クロフォードは、『Irish Music』誌(01年5月号)に対し次のように語っている――「これは、過去二年間くらいのぼくらが、バンドとして練り上げてきた曲を収めた本当のバンド・アルバムだ」
ヴァレリーの定着はまた、かつてお手本と仰いだボシー・バンドの影の中からルナサが完全に脱却し、後続の世代にとっての新たなモデルとなってゆくことをも預言しているように感じる。さらに視点を変えれば、ボシー等に憧憬の念を抱きつつ、並行して生っ粋の伝統音楽にも浸ってきたかれらは、21世紀のアイリッシュ・ミュージシャンの典型を先駆けていないだろうか。本作に先立って発表されたクロフォードのソロ・アルバム『イン・グッド・カンパニー』など、カジュアルでありながら芳醇そのものの“伝統的”伝統音楽演奏が満載されており、ルナサでの鋭角的な演奏に対して、ひと味違う柔らかな対照を描いている。
こうした文脈において特に興味深いのが、新加入のキリアン・ヴァレリーの出自だ。本作の日本発売元、THE MUSIC PLANTのホームページに掲載されたルナサ各メンバーのバイオを補うかたちで、簡単に整理してみよう(参考:『The Living Tradition』誌 2000年1/2月号)。
ノーザン・アイルランドのアーマー州で生まれたキリアンには、ノモスの中核となったコンサティーナ奏者のナイアル、フィドラーのキーヴィン(ノース・グレッグのメンバーとしてCDを出している)という二人の兄がいる。かれらの両親は、1966年にアーマー・パイピング・クラブを設立し、北での“紛争”が最も激しかった時代を通じ、同地における伝統的イーリアン・パイプ演奏の継承と発展に尽力してきた。母のエスネはドニゴール生まれで、フィドラーの家系の四代目にあたるという。アーマーで生まれた父のブライアンは、59年にショーン・オ・リアダの音楽をラジオで聴いたことをきっかけとして伝統音楽にのめり込んだ。アルタンの故郷でもある伝統的な風土のど真ん中に生まれ育った母と、オ・リアダを嚆矢とする音楽リヴァイヴァルに触発された父――夫妻のあいだに生まれ、伝統音楽の精髄を呼吸したはずの三人の息子は、しかし誰ひとりとして盲目的純粋主義の枠に囚われなかった。それどころか、ノモスにルナサときたら、まさに最前衛ではないか。夫妻の世代のプロ・ミュージシャンたちは、英米の同時代音楽(ロックとかフォークとか)に刺戟を受け自国の音楽の再発見/改革に向かったが、子供たちにとっては、“今”の音楽として充分な魅力を備えた各種アイリッシュ・ミュージックが、ものごころついた時から目の前にあったのだ。ヴァレリー兄弟が体現する実に自然な“しなやかさ”は、こうして培われたのだろうと思うし、それは、イングランドのバーミンガムで生まれ育ったケヴィン・クロフォードを含む他のルナサの面々にも強く感じられる。伝統音楽に対する力みのない愛着と、柔軟で斬新な発想――かれらの世代のそんな特質がなければ、本作のようなアルバムは創造できなかったはずだ。
録音がハッチンソンの自宅で行なわれたという事実が端的に示しているとおり、本作はルナサの“身内”によって全て制作されたといっても過言ではない(詳述はしませんが)。音楽に限らず、濃密な人間関係が素晴らしい作品を生み出してゆくというのも、かれらの伝統の一部なのだろう。あるアイリッシュ・ミュージシャンの人脈を追っているうちに、次々と予想外の繋がりが発見されたという例なら、ちっとも珍しくない。それでもなお、キリアンのお母さんのエスネに学校で伝統音楽を教えたショーン・ブレディという教師が、あのポールの父親だったなんて話を聞くと、唸らずにはいられないのである。
2001年4月 茂木 健
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2000年来日決定特別企画連載:ルナサ応援メッセージ
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