新作「レッドウッド」


ライナーノーツ公開

 「自然発生的な音は、次のアルバムでもいちばん重要になる。スタジオ内だけで、ルナサの可能性が最大限まで引き出せるとは考えていない。ある意味で、ぼくらが最高の能力を発揮し最高の演奏を聴かせるのは、ライヴなんだ。次作では、ライヴ的な要素とスタジオ内での作業を、もう少しうまく結合させるつもりでいる。なによりもまず、ライヴ演奏をきちんと踏まえた上で、スタジオのマジックを付加したいね」

 2001年10月、二度目の来日を果たしたルナサにインタビューしたとき、バンドのスポークスマンでもあるフルートのケヴィン・クロフォードは、01年発表の三作目『メリー・シスターズ・オブ・フェイト』につづく次のアルバムについて上のように述べてくれた。あれからちょうど一年、届けられたばかりの新作『レッドウッド』が彼の発言とあまりに整合しているので、正直なところ少し驚いている。ルナサがデビューしたとき、すでに売れっ子だった各メンバーの多忙さを知るアイルランド音楽ファンは、バンドとしての継続性に一抹の不安を感じていた。ところが、昨年秋のルナサはすでに磐石の体制(および態勢)を整え、苛酷なライヴ・スケジュールをこなしつつ、年単位で次にやるべきことを検討・実行できるまでに安定していたのだ。
 伝統音楽に基盤をおく優れたバンドなら、アイルランドは数えきれないほど輩出してきた。しかし、どれほど高い評価を受けようとも、長つづきしたバンドは決して多くない。商業的に頓挫して解散するのはむしろ稀で、かれらは、あたかも本能に導かれるかのように分裂と再結集をくり返してきた。その姿は、長い雌伏のすえ遂に世界的な認知を得た自国の音楽をさらに発展させる唯一の道が、新たな血を加えながらの離合集散であると主張しているようにさえ見えた。1990年代の表層的な“ケルト・ブーム”によって、そんな傾向はいっそう加速したように思われたし、ルナサがデビューしたのは、ブームに便乗した粗製濫造ケルト音楽が猖獗を極めた1998年である。短命に終わるのではないかという危惧を、ぼくらが抱いたのもご理解いただけると思う。ところが、ルナサは短命どころか逞しく前進をつづけ、順調に四枚目となる本作を発表してくれたのだ。各曲を聴きながら、かれらの軌跡を確認していこう。

 今年二月のアメリカ・ツアー中、かれらはサンフランシスコの北に位置する小さな町のスタジオにこもり、わずか十日間で本作を録音したという。タイトルの『レッドウッド』とはセコイア杉の別名であり、アメリカ西海岸の山地で名物となっているあの巨木だ。そういわれてみると、[1]を導くギターとベースの清爽な音色がカリフォルニアの森を吹き抜ける風に思えてくるのだから、己が想像力のたわいなさに今さらながら呆れてしまうのだが……それはさておき。
 このリールのメドレー、1曲目の最初のラウンドをフルートがソロで演奏してショーン・スミス(フィドル)に交代、第3ラウンドを二者のユニゾンで駆け抜け次の曲に移る。キリアン・ヴァレリー(イーリアン・パイプ)が加わった2曲目では、各メロディ楽器が要所ごとにハーモニーにまわって全体を煽り、ほどよく熱くなってきたところでリズム隊がブレイク、3曲目のリールに突入する。現在のルナサにとって、名刺代わりと呼びたくなる見事な構成だ。
 デビュー作でのルナサにケヴィンとキリアンは参加しておらず、代わりに、ジョン・マクシェリー、マイク・マックゴールドリックという若手随一の二名がショーンと並びフロントを務めていた。図抜けて強靱なウッドベースとギターにリズムを委ねるという基本方針は現在と変わらないものの、旧ルナサはセッション・バンドの延長という感が拭えず、いま聴きなおすと、各メロディ楽器の絡みなどにボシー・バンドをはじめとする先達たちの影がちらつく。もちろん、旧ルナサの演奏も未だに比肩するもののない鮮烈さなのだが、現ルナサに直結する磨きあげられた編曲が姿を現わすのは、マクシェリーとマックゴールドリックが脱退してゲスト参加にとどまり、そもそもルナサの結成メンバーだったケヴィン・クロフォードが復帰した99年のセカンドからだ。
 編曲はすべてヘッドアレンジで、譜面には起こさず、ステージで揉んでゆくとかれらは語る。編曲より問題なのは料理すべき曲の選択で、これには試行錯誤を重ねるらしい。ベースのトレヴァー・ハッチンソンによると、「どのメロディを採用するのか、ぼくらはすごく選ぶし、めちゃくちゃうるさいんだ。そして、それがうまくいくようにすごく努力する(*)」この発言を証明するかのように、[2]ではごく平凡なメロディをもつジグが次々と変容を遂げ、水の流れのような自然さでリールに繋がってゆく。
 メアリー・ブラック・バンドのキーボード奏者パット・クロウリーが前半を書いた[3]、アーカディのギタリストだったニコラス・ケメナー作の[4]、そして、高名な移民の歌のメロディだけを演奏した[6]では、ルナサの新生面が聴ける。[3]の最初の2ラウンドはまるまるフルートのソロだし、[4]はパイプからフィドルにソロが渡り、[6]は再びフルートのソロ――つまり、従来のアンサンブルを重視した熱い疾走とはひと味違って、佇立した各メンバーの叙情的な一面が強調されているのだ。この3曲でのケヴィン、ショーン、キリアンは、各自がそれぞれの楽器を思いきり「歌わせて」いる。高速演奏だけが名人芸でないことはいうまでもないし、スロー・エア演奏の巧拙は伝統楽器奏者の技量を判断する重要な基準だ。アイルランドでは、もともと歌詞のある歌のメロディだけを演奏することが昔から普通に行なわれてきたし、そこに、シャン・ノースに代表される歌唱の伝統が厳然と存在する事実を考えあわせると、聴き手に歌詞を反芻させながら演奏だけを聴かせるのは、よほど自信がないとできるものではあるまい。特に[6]は、〈わが愛しき人よ〉を意味するゲール語の題名をもつ超有名な歌であり、セーラ&リタ・ケーンからボニー・レイットにいたる多くの歌手が録音してきている。ぼくが[1]を「現ルナサの名刺代わり」と呼びたくなったのは、この3曲が強く印象に残ったからだ。緻密な編曲で熱く突っ走れる演奏家たちが、それぞれの楽器をこれほどまでに美しく歌わせたら、歌手の出番なんかますますなくなってしまうだろう。

 曲順が前後するけれど、複数のホイッスルで蕭々とはじまる[5]のリール・メドレーは、ルナサがデビュー時から得意としてきた展開を聴かせる。ただし、オーヴァーダブは最小限に抑えられており、ステージでもこのまま演奏されることが容易に想像できる仕上がりだ。
 四人組となってセカンドを発表したあと、ルナサは若いパイパーのキリアンを正メンバーに招き、例によってさんざんツアーを重ねたあと三作目を録音した。トレヴァーによると、「音響的に、より受容されやすい作品にしようと努力したね。でもそれは、販売力のあるレコード作りを意識したという意味ではない。自分たちが愉しめ、しかも納得できるものを作りたかったんだ」。この言葉に違わず、サード・アルバムは、ドナの演奏するギター群が後景を美しく彩っていることを筆頭に、スタジオでの綿密な作業によって音場感を大きく拡げた傑作となっていた。冒頭に引用したケヴィンの発言は、当然のことながら三作目の成果を前提としたものであり、本作の[5]、そしてスリップ・ジグから緩めのポルカに繋がる[7]などは、凝ろうとすればいくらでも音を重ねられるところを、あえて簡素にとどめていることが明白だ。もう一点、本作では従来になくベースが最終ミックスに溶けこんでおり、これも「ライヴ演奏を踏まえた上」での決断なのだろう。
 そう、ルナサがルナサたり得たのは、伝統音楽とは距離をおいた出自をもつ優秀なギターとベースが、創意あふれる特徴的なコンビネーションを築き上げることに成功したからだった。トレヴァーは、ウォーターボーイズに参加するまで伝統音楽を積極的に演奏した経験がなかったというし、ドナも、シャロン・シャノンのバンドに加わるまで伝統音楽とは無縁だった(シャノンのバンドでこのふたりは出会っている)。「ボシーやムーヴィング・ハーツなら聴いていた」とトレヴァーは語っており(*)恐らく“参考”にもしたのだろう。だが、「ベーシストとして影響を受けた人は?」というぼくの質問に真っ先に返ってきた名前は、「ジャコ・パストリアス」だった。
 ロックやジャズを経由して伝統音楽の世界に飛びこんだ人としては、彼のほかにもマーティン・ヘイズの相方であるギターの鬼才、デニス・カヒルがすぐに思い浮かぶ。既成の演奏様式にとらわれず、豊富な楽理の知識とテクニックを駆使し、かれらは伝統音楽の表現方法に新風を吹きこんだ。その点はドナもまったく同じであり、トレヴァーとドナを擁したルナサは、誕生の瞬間から、伝統という規矩に従おうとする意志(フルート、フィドル、パイプ)が、そこから逸脱してゆこうとする衝迫(ギター、ベース)に支えられるという緊張感を、呼吸にも似た自然さで内包していたわけだ。

 そんな緊張感を一丸となって奔出させてきたルナサが、各メロディ楽器奏者の伝統音楽家としての素顔を見せはじめた作品――本作は、このように要約していいのかもしれない。日本のファンもすでによく知っているとおり、ライヴでは、過去の三枚のアルバムとは比べものにならないほど簡単に、各自の個性と力量が堪能できる。ケヴィンにたてつく気は毛頭ないけれど、ぼくには、「スタジオ内での作業」にルナサならではの「ライヴのマジック」を惜しげもなく投入したアルバムが、本作であるように思えてならないのだ。

2002年10月 茂木 健

(*)2000年3月の初来日時、松山晋也氏が行なったインタビューより。各メンバーが語るバイオも詳しく収録した同インタビューの全文は、http://www.mplant.com/lunasa/fullinterview.htmlに掲載されています。
 


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