大島豊のアイリッシュ・ミュージックの森 
チャリティの新しい形

   音楽家がコンサートやレコードなどの収入をチャリティに寄付することはおそらくずいぶん前から行われていることだろう。特定の目的のための寄付や資金を作るためにコンサートを開き、レコードを作ることも珍しくなかったはずだ。とはいえ、本来儲けることが目的のポピュラー音楽やロックの世界でのチャリティ・イヴェントはおそらく「バングラデシュ救済コンサート」が嚆矢ではないだろうか。少なくともいわゆる娯楽産業においてもこういう手法が有効であることを世界に印象づけたのはあのイヴェントが最初と言えると思う。

 これ以前のチャリティ目的の音楽活動は基本的にはクラシックの範囲内で、有産階級のひとびとによる社会への還元、いわば「富の再分配」のささやかな手段の一つであっただろう。「バングラデシュ」が始めたのは、「貧乏人の、貧乏人による、貧乏人のための」チャリティだ。つまり、必ずしも裕福とは言えない人びとが、自分たちの手の届く範囲で、好きなミュージシャンのライヴを見たり、レコードを買ったりすることで、他のより恵まれない人びとに援助の手をさしのべる。つまりは相互扶助の新たな形ではなかったか。もちろん、
「貧乏人」は相対的な存在だから、実際に「バングラデシュ」のライヴ・チケットを買ったり、レコードを買ったりした人びとの中には必ずしも貧乏とは言えない人がたくさんいたことは確かだ。が、それは枝葉末節にすぎない。それよりはあのレコードのCD再発分の収入などもバングラデシュに寄付されているのか、と言う方が気になる。

 この方向において次なるステップとなったのが「ライヴ・エイド」だった。ここでアイルランドがからんでくる。このイヴェントを言いだしたのが、英国のナンバー・ワン・ヒットを持つとはいえ、つまるところはローカル・ヒーローであるボブ・ゲルドフだったことだ。ここでいわば、「貧乏」の度合が一段と進んだわけである。ビートルズのような誰もが支持しこそすれ、異を唱えることはできないようなスターではなくとも、音楽をやっている人間ならば、その人びとが力を合わせれば音楽によるチャリティは可能なのだ。

 むろんその後も、スター・システムによるチャリティはいくつも行なわれているが、同時により小規模でローカルな目的や対象へのチャリティが盛んに行なわれるようになった。例えば1980年代後半にはアイルランドの失業問題解決のきっかけになることを目指して LIVE FOR IRELAND  が行なわれ、これには当時アイルランドで名のあるミュージシャンが、ロック/ポップス畑から伝統音楽にいたるまで勢揃いしていた。最近で言えば1998年のオマー爆弾事件の犠牲者、被害者やその家族への援助を目的としたアルバムが、さまざまなジャンルや組合せで何枚も作られている。

 枕が長くなりすぎたが、今回とりあげるのは徹頭徹尾伝統音楽、それもその最もコアに近い形の伝統音楽ばかり、CD2枚組に詰まったチャリティ・アルバムだ。とにかくこれほど質の高い音楽にたっぷり浸ることができ、しかもそれによって人類の福祉に貢献できるというのだから、これはもう一石二鳥どころの話ではないのだ。そのアルバムというのは

○LA/MH AR LA/MH/Many Hands; Friends of Mater Misericordiae Hospital, 
MMHO1, 2000

である。このレコードの販売による収入はダブリンにある「慈悲の聖母(マーテル・ミゼリコルディア)病院」大腸癌研究センターに研究資金として寄付される。そう、寄付先はローカルでありながら、寄付目的はグローバルなのである。これもチャリティと言えなくはないだろうが、寄付そのものが他人だけでなく、自分にも跳返ってくる点で、最も広い意味での「保険」と言えるかもしれない。他人に慈善を施すのが「偽善」に繋がることを嫌う人でも、その恩恵を蒙る対象に自分も入る可能性があるとなれば話は違ってくるだろう。別に誰でも大腸癌になると決まっているわけではないが、なる可能性だけは誰でも持っている。それに、大腸癌の研究は当然癌全体の研究にも繋がってゆくだろう。

 しかしこのアルバムのすばらしさはそれだけではない。とにかく音楽がすばらしいのだ。

 ここに参加している中で比較的名が通った人びととしては、リアム・オ・フリンとチーフテンズのショーン・キーン、それにアーティ・マッグリンが加わったトリオ。この組合せは他では聞けない。あるいはストックトンズ・ウィングのキアランとマイクのハンラハン兄弟とその友人たち、ノエル・ヒルとブライアン・マグラア、あるいはフィドルのポール・オショーネシィといった人びとがいる。

 このアルバムのそもそものきっかけは、ミース州南部〜ダブリン北部を中心に活動しているフィドラーの Antoin Mac Gabhann が、教え子や仲間たちの演奏を録音し、チャリティ・アルバムを作ろうと想いたったことだった。したがって大部分のミュージシャンは地元のシーンで活動している人びとで、われわれにも馴染みがある名前はほとんどない。先ごろすばらしいアルバムを出したジョン・カーティ、そしてソラスの新しいリード・シンガー、ディアドリ・スカンロンぐらいだ。しかしどちらかというと、この無名の人びとの演奏の方が心に訴えてくるのだ。もちろん有名な人たちの音楽がまずいわけでは全然ない。いずれもさすがの演奏だ。しかし、それを上まわる活きの良さと心から楽しんでいる意気の高さがあふれでてくる。

 とりわけ二枚目の、マク・ガヴァン家でのセッションの模様をほぼそのまま収めたライヴ録音だ。家の主人自らのフィドルにまず耳をひきつけられ、ポール・オショーネシィが兄弟のトムのフルートと共演するのにうっとりし、ディアドリ・スカンロンの "Blackwaterside" の無伴奏歌唱に心弾ませる。コネマラ生まれの男性の飄々としたリルティングの装飾音に唸る。大部隊のケイリ・バンドの大合奏、ダンサーたちの足音も加わったダイナミックな「お祭り」に喚声をあげる。若干15歳の天才シンガーの少女のシャン・ノースには脱帽だ。

 こういう音楽を聞いていれば、たとえ癌になっていたとしても病巣が消えてしまうのではないかとすら思えてくる。

 いや、そういうことすら雑念になってしまいそうだ。ただひたすらこの音楽にひたっていたい。この世にはかくも豊かなものがありうるのだ。その奇蹟。

Mater Misericordiae Hospital
http://www.mater.ie

21世紀最初のセント・パトリック・ディに
大島 豊




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