MARY BLACK PROFILE 
アイルランドを代表するアーティストといったら、U2やシンニード・オコナー、ヴァン・モリソン、エンヤなどが有名だが、地元での人気はメアリー・ブラックにはかなわない。現在アイルランドで最も人気があり、レコードが売れ、皆から愛されている歌手がメアリー・ブラックだ。アイルランドというと、古い伝統や体制への批判を表現しようとするアーティストが多かった中で、メアリーはアイルランドの持つ素朴さや暖かさの中からごく自然に生まれてきた女性ボーカリストだといえる。その声は安らぎと安堵感に満ちたもので、聴くものは自然と心なごんでしまう…そんな暖かい音楽だ。メアリー自身は曲を書かないが、そのサウンドは今日のアイルランドを代表するソング・ライターたちによって支えられており、シンプルながらも深い味わいのある作品を聴かせてくれる。

メアリーのアイルランドでの人気は圧倒的なものがある。ダブリンで一番大きなポインツシアターを5日間ソールドアウトにしたのはメアリーが初めてであり(ちなみにメアリーの次がヴァン・モリソンで3日間ソールドアウト)、メアリーがコンサートをやるといったらそれこそ町中の大人も子供もこぞって出かけていく。メアリーがテレビに出るといったら家族みんなでテレビに釘付けになってしまう。アイルランドのレコード店のIRISHというコーナーで最も大きな売り場面積をしめているのが彼女のCDであり、はたまた子供のソングコンテストがあれば、その半数以上がメアリーの持ち歌を歌っている。そういったまさに誰もが知っている歌手なのである。オリジナルアルバムも、最近の5枚は発売と同時にアイルランドのヒットチャートの1位を獲得、プラチナディスクを獲得している。最近の彼女の活動はアイルランド以外の世界にも広がっており、91年からは毎年、米、英、オセアニアそしてヨーロッパ各地でコンサートツアーを定期的に行っている。

日本では90年に「ノー・フロンティアーズ」でデビュー。デビュー盤がいきなりFMfanの表紙に抜擢され、J-waveのチャートのTOP10入りを果たすなど高い評価を受けた。その翌年発表された「ベイブス・イン・ザ・ウッド〜森の少女」からは収録曲「Thorn upon the Rose」がJR東海の日本を休もうのCM曲に選ばれ、1年間オンエアされるなど日本での人気を不動のものとした。来日公演は90年、91年、93年、95年、99年と5回行われており、CDで聴くよりずっとパワフルなメアリーのボーカルと超一流ともいうべきバックバンドの演奏は大好評で、公演後に集まったアンケートの中には感動と再来日を望む声が多く寄せられた。

素顔のメアリーは、男の子二人、女の子一人の母親でもあり、スポーツもこよなく愛する普通の女性だ。


●1955年5月23日、ダブリン生まれ。男の子3人、女の子2人の5人兄弟の真ん中。 家は雑貨商を営む貧しかったけれど楽器がごろごろしているような音楽一家。物心ついたころより歌い始める。

●学校を卒業後、地元のフォーククラブで歌い始める。

●1976年地元のグループ、ジェネラルハンバートに参加。2枚のアルバムを発表。

●1981年にアイルランドのフォーク界の第一任者クリスティ・ムーアに注目され、彼のアルバムに参加し、「アナーキー・ゴードン」を歌ったところ、これがたいへんな話題となり一気に知名度が高まる。 またこの時期、現在でも公私ともにパートナーであるジョー・オライリーと結婚。

●1983年に「アナーキー・ゴードン」を再録したファーストアルバム『メアリー・ブラック』を発表。 長男コナーを出産。アイルランドのヒットチャートの4位になる。

●ファーストアルバムのヒットによりアイルランドの名門トラッドグループ、デ・ダナンに加入。 83年から85年の間にアルバム『Song for Ireland』『Anthem』を発表。 各国へのツアーに参加する。

●ソロ活動はデ・ダナンの活動と平行して続けられ84年に新旧の録音を集めた『コレクティッド』を発表。

●1985年 2ndアルバム『ウイズアウト・ザ・ファンファーレ』を発表。ゴールドディスク獲得。

●1986年 National/Rehb Award獲得。

●1987年 3rdアルバム『暗くなる前に』を発表。

●1987年、88年と連続でIrish Recorded Music Award(以降IRMA)でベスト女性ボーカル賞獲得。

●1989年、4thアルバム『ノー・フロンティアーズ』を発表。 アイルランドで56週間チャートのTOP30に止まり記録的な大ヒットとなる。

●1990年、日本とアメリカで『ノー・フロンティアーズ』発表。 12月初来日公演を、東京、横浜、大阪(計5回)にて行う。この模様がFMで全国放送され、TVなどにも出演した。

●1991年 5thアルバム『ベイブス・イン・ザ・ウッド』がアイルランド、日、米、英で同時発売。 アイルランドでは発売と同時に1位を獲得。

●1991年12月、2度目の来日公演。(東京、名古屋、大阪 計6回公演)

●1992年1月、英国ツアー最終日に初めてロイヤルアルバートホールのステージに立つ。

●このころ日本では「Thorn Upon The Rose」がJR東日本の『日本を休もう』のCM曲に選ばれ1年間オンエアされる。

●アイルランドではメアリーを中心に編集された『Woman's Heart』をいうアルバムが発売され、アイルランドの音楽市場、始まって以来の大ヒットとなる。

●1992年 IRMA にてベストアイリッシュソロアーティストに選ばれる。

●1993年7月 6thアルバム『THE HOLY GROUND』が世界同時発売。 アイルランドでは発売と同時にプラチナアルバムとなり、IRMAでベストアルバムに、メアリーはベストアイリッシュ ボーカリストに選ばれる。同年ダブリンのポイントシアターを5日間ソールドアウトという驚異的な記録を達成。

●Dudi Appoleton監督による短編フィルム「Sort of homecoming」に主演。

●1995年8月 7thアルバム「サーカス」発表。アイルランドのヒットチャート初登場1位。現在マルチプラチナアルバムとして記録更新中。10月には4年ぶり3度目の来日公演を行う。(東京、大阪 計3回公演) 英国ではサーカスがアルバムチャートの 16位にチャートイン。 ロンドンハマースミスオデオンにて3回の公演を行う。

●1996年 IRMA で再度ベストフィーメイルアーティストに選ばれる。

●4月 ニューアルバム「シャイン」のうち3曲をアイルランドにて収録。

●6月 アメリカのホワイトハウスにて演奏。

●8月 日本のみの特別編集ミニアルバム「ワンダーチャイルド」発表。

●1996年4月〜1997年1月 ツアーの合間をぬってニューアルバム「シャイン」を、ロサンゼルスにて録音。

●97年3月12日 「シャイン」日本先行発売(アメリカ18日、アイルランド21日、イギリス21日)アイルランドでは初登場一位。マルチプラチナ獲得。

●97年4、5月 アイルランド国内ツアー/6月 日本ツアー(東京、名古屋、大阪の計4回公演)/7、8月 アメリカツアー/10、11月 英国ツアー

●98年6月 ギネスのフラーフェスティバルを中心に北米でのフェスティバルツアー

●99年9月 新譜「スピーキング・ウイズ・ジ・エンジェル」発売。アイルランドでは初登場一位。マルチプラチナ獲得。


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