PRIFOLE

ポール・ブレイディ -   シンガー/ソングライター/ギタリスト アイルランドを代表するビックアーティスト

●1947年、ドニゴールとのボーダーにある北アイルランドのStrabaneで生まれる。

●60年代、アイリッシュ・トラッド復興をリードした人気バンド、ジョンストンズの中心メンバーとしてキャリアをスタート。74年よりアイルランドの歴史上、最も革新的なグループ、プランクシティに参加。歴史的名盤の誉れ高い伝統音楽アルバムを作った後、80年代以降はコンテンポラリー・フォーク/ポップの世界に転向。圧倒的な人気を誇るアーティストだ。

彼の作品は、ボニー・レイット、ジョー・コッカー、デイヴ・エドモンズ、ポール・ヤング、トリーシャ・イヤウッド、フィル・コリンズ、ティナ・ターナー、アート・ガーファンクル、メアリー・ブラック、ドロレス・ケーン、モーラ・オコンネルといった、ありとあらゆるアーティストたちにカバーされている。最近ではキャロル・キングといった人たちとの共作も多い。またエリック・クラプトン、マリアンヌ・フェイスフル、メアリー・チェイピン・カーペンター、マーク・ノップラーといった多くのアーティストと共演している。

●アイルランドでも、とにかく押しも押される大スターで、ダブリンの有名コンサート会場Vicar Street(東京とダブリンの人口比から計算すると東京フォーラムA以上の収容人数)を23日間、連続でソールドアウトにした。またこのライブには、シネイド・オコナー、アルタン、マーク・ノップラー、ボニー・レイット他、多くの有名アーティストがゲストとしてかけつけた。


1964/67
学生時代のポールは、リズム&ブルーズのバンドや、ソウル・バンドに参加していた。

1967
ミック・モローニーと知り合いジョンストンズに参加。当時は、エミット・スパイスランド(ドーナル・ラニー)、スイニーズ・マン(アンディ・アーヴァイン)、ダブリナーズ、ウルフトーンズなど、バラッドグループ全盛期。イワン・マッコールの「The Travelling People」を歌ってアイルランドで1位になる。

1967/73
ジョンストンズのツアーやレコード制作。
69年にロンドンに移り住む。72年からはニューヨーク在住。ヨーロッパやアメリカのフェスティバルで人気者となる。Transatlanticレーベルにて7枚のアルバムを発表。アメリカでジョニ・ミッチェルの「Both Sides Now」をカバーし大ヒットとなる。アイルランドのヒットチャートのトップ10にシングルをいくつも送り込む。

1974/75
クリスティー・ムーア脱退後のプランクシティに参加するためにアイルランドに帰国。当時のラインアップは、アンディ・アーヴァイン、リアム・オフリン、そしてジョニー・モイニハンとポールというメンバー。「Arthur McBride」はすでにこの時ポールのレパートリーとしてステージでの人気曲になる。

ポール在籍時のプランクシティ。か、かっこいい!!!!

1976
プランクシティの解散とともに、アンディ・アーヴァインとのアルバムを制作。本作はアイリッシュ・フォークの最高傑作として現在まで名盤と評価が高い。アンディと一緒にヨーロッパ、アメリカなどをツアー。

1978
ソロ活動を開始。ファーストソロアルバム「Welcome here kind stranger」を発表。メロディ・メーカー誌の「Folk Record of the year」に選ばれる。

1978/80
ソロアーティストとしてツアーを行い、英国やヨーロッパの大きなフェスティバルで人気を博すようになる。自作の曲を書くようになり、すこしずつコンテンポラリーの方へ移行していく。シングル「Crazy Dreams」を発売し、アイルランドで大ヒットとなる。

これはいつのころの写真でしょうねー。フィル・ライノットと、ロリー・ギャラハーとの共演。
か、かっこいい!!

1981 -
「Hard Station」を発売。それから現在にいたるまでは、自分の曲を書き、アルバムを制作し、ツアーをし、自作曲の多くが有名なアーティストにカバーされるようになる。詳細はディスコグラフィーのページ、そしてカバー曲リストを参照ください。


PAUL BRADY HOME PAGE

THE MUSIC PLANT HOME PAGE